【乾坤に生きる】太平天国の夢やぶれて③

【大紀元日本10月9日】もともと過激な布教集団である太平天国軍は、無学な民衆に向けてのプレゼンテーションが極めて巧みであった。

太平天国軍は、通過する各地で政府倉庫を開かせて食料を配り、地主や金持ちの土地・財産を取り上げて貧しい人々に均等に分配した。農民たちは感激し、そのことを近村に伝えてさらに人を集め、救世軍が出現したという噂を広めていったであろうし、また、そうさせられたはずだ。

太平天国軍の軍紀が厳正であったことに対して、清軍のそれは盗賊同然に腐敗しきっていた。清朝の重税にあえぐ民衆にとっては、前者にすがる以外の思考はもてなくなる。

また、兵糧や弾薬を扱う商人にとっても、代金をきちんと払うのは太平軍のほうであったので、闇商売であるが、彼らが太平軍に肩入れするのは自然の結果であった。

この太平天国が中国史上最初の革命政権と呼ばれていることは、前回もふれた。

そのような評価は、主として中国の現政権を掌握する中国共産党の歴史観によるものである。当然ながら中共はこの太平天国を、百年後の赤色革命に先立つ「偉大な」農民革命・民族革命であるとして、豪華な「額縁」に入れて賞賛している。

中共の「額縁」とは、例えば次のようなものである。

「太平天国を鎮圧した最も凶悪な『首切り人』は、外国の資本主義侵略者である。毛主席が指摘しているように、近代中国革命の失敗は『すべて帝国主義が無数の革命烈士を殺した』ためである。太平天国革命の教訓は、我われに次のようなことを教えている。中国が半植民地・半封建社会であるという歴史的条件のもとで、単純な農民革命では、反帝反封建の民族民主革命は成し遂げられない。しかし、太平天国が残した豊富な闘争の経験は、後に続く反帝反封建の革命家たちを大いに鼓舞するものであった。太平天国の英雄たちが残した業績は不朽のものである」(『中国革命史常識』解放軍出版社 1984年)

ここで詳述する紙幅はないが、要するに中国共産党史観によれば、太平天国の「革命」は中国初の農民革命として高く評価できるものではあるが、残念ながら彼らが失敗した原因は、反帝国主義・反封建社会を推進するだけの科学的理論と実践が欠けていたことにある、という。つまり、その文脈の延長線上に「中国革命の完成者として、20世紀の我われ中国共産党が存在するのだ」ということが言いたいらしいのだ。

宗教を否定する唯物論の中共が、宗教結社である太平天国を肯定的に評価しているのは実に奇妙なことであるが、自らの「正当性」を主張することに手段を選ばない中共には、そのような矛盾に気づけと望むほうが無理なのだろう。

歴史とは、不可視的な「氣」に包まれた舞台上で演じられるものである。

それならば、後世の独裁者がその現象の部分だけを取り上げて、牽強付会な歴史観を国民に注入することは誠に危険なことなのだが、中共統制下においては、それを検証する国民の自由がないため愚民化政策は止めようがない。

しかし、一つの王朝が終焉したあとで真に客観性のある歴史が語られることを、中国の歴史そのものが証明している。中共のその時は、もう遠くないはずである。

(了)