中国古代の冷蔵庫

【大紀元日本10月25日】中国人は、2000年あまり前の戦国時代から冷蔵庫を使い始めたと言われている。青銅製や黄色のカリンの木で作られた製品、また室内用から外出用まで何でも揃っていた。一部の精巧な製造技術は、現代人でも模倣できないという。

1978年、湖北省随県で戦国時期の曽侯乙の墓から2つの箱が出土した。精巧なデザインの箱は、中国古代の「冷蔵庫」。夏には氷、冬には湯を入れ、飲みものやお酒を飲みやすい温度に保つ。中国最古の詩集「詩経」には、「奴隷たちが冬に採氷して貯蔵し、貴族らが夏に飲むよう取り計らっていた」との記載がある。また、古代の経書「周礼」には、「祭祀には氷箱を共にする」との記録もある。明らかに、周の時代にはすでに原始的な冷蔵庫があったことが分かる。氷は一年中あるものではなく、特に暑い夏場は貴重品だった。

氷箱の内部は二重構造で、縦長の鍋が入っている。夏場には箱と鍋の間に砕いた氷を入れ、鍋に入れた酒の温度を下げる。箱の底部には、鍋をしっかりと固定する部分がある。箱と鍋の間には比較的大きな隙間があり、夏には氷をいれ、冬には湯を入れていた。湖北省で出土された冷蔵庫の上にはもう1つの柄杓があり、冷たい飲み物を汲みとるために使われていたようだ。

戦国時代の曽侯乙の墓から出土された、冷蔵庫の内部(ネット写真)

明朝になると、北京城に住んでいた皇帝の親族・貴族らは暑さをしのぐ道具として冷蔵庫を重宝した。当時の冷蔵庫の外装は黄銅から黄色のカリンの木、あるいはマホガニーに変化していた。冷蔵庫の箱の中は錫(すず)をはり、箱の底には小さな穴が開けられていた。2枚のふたのうち1枚は箱口に固定し、もう1枚は動かせるようになっている。暑い夏には動かせる板を取りだし、箱の中に氷をいれ、果物や飲み物を氷の上において冷やす。好きな時に取り出して食べ、飲めば暑さはあっという間に消える。すずのお陰で氷水は木質の箱を侵蝕せず、底の小さな穴から流れだす仕組みになっている。

清の時代に重宝された冷蔵庫(ネット写真)

冷蔵庫は広く使われていたため、北京城では毎年、夏場になると大量の氷が必要となった。これらの氷はすべて氷室から運ばれた。紫禁城の中や官吏の自宅、役所など、どこもそれぞれ氷を蓄える氷室があった。冬には天然の氷塊を採集する官吏がおり、氷を「氷井(冷蔵用の井戸)」に蓄え、夏には取り出して皇室と貴族らに献上した。「詩経」の中では「氷貯蔵」と称されている。このような風習は、民国年間まで伝わっていた。

清の時代に重宝された冷蔵庫(ネット写真)

室内用のほかに、古人は地下に埋めた更に大きな冷蔵庫を持っていた。2010年5月、考古学者は陜西省千陽県で、秦漢時期の皇帝の仮御所を発見した。地下3メートル、直径1.1メートル、高さ0.33メートルの「陶鉢」(陶製のたらい)である。その下には、地下水が流れていた。専門家は、この井戸に似た構造は秦漢時期に人々が食物を保存し、冷蔵していた「凌陰(氷室)」であり、現代の冷蔵庫にあたると推定した。「古代の人の生活は、現代人に負けないほど発達していた。ただ、方法が異なるだけだ」との指摘もあった。

(文華 / 翻訳編集・李YS)