催眠術と牢獄の70年

建国70周年、なのだという。そりゃどこの国かと、とぼけてみたくなるのは、他国のことに無関心だからではない。隣国の国民として、たとえ儀礼的にせよ慶賀すべきかも知れないが、彼の国の場合、とてもそんな気持ちにはならないからだ。その70年は、罪なき人民にとってあまりにも苛烈であった。また、その非道ぶりを隠蔽することに極めて厚顔であるという欺瞞性に、ほとほと嫌気がさす。今の中国のことである。

その元凶は何か。用語を正確に使うならば、中国といわず「中国共産党」と名指しせねばならない。これを中国というと、そこに太古から近現代までの悠久の歴史があるように、対象とするものの概念がどこまでも広がってしまう。そのため、中国を好きな人も嫌いな人も、それぞれに足を泥濘に取られて70年の本質が見えなくなるのである。

この点、私たち日本人は、努めて自律的に注意したい。中国を好きな人(さほど嫌いではない人、というべきか)は「日本も昔、中国で悪いことをした」などと、おかしな負い目の方向へ、なぜか自分から意識を転換させてしまう。中国を大嫌いな日本人は、「あいつらは、大昔からひどいのだ」と、分析的思考よりも先に、ある種の観念によって黒ペンキを塗りたくってしまう。いずれにしても、極端はよろしくない。

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