≪医山夜話≫ (10)

多重人格

多重人格に関して、漢方医学の見方は西洋医学と異なっています。漢方医学でいう多重人格とは、患者が自分の主意識を放棄して外来の霊やなどにコントロールされ、主意識がもうろうとなって不可解な行動に出ることです。

 ある日、カロリンという患者が糖尿病を治療するために私の診療所を訪れました。一週間後、彼女の糖尿病の症状はなくなりましたが、次に来たときは、肝炎を患っていました。彼女は一定の期間を挟んで、繰り返し大きな病気にかかっていました。診療所を訪れるたびに、彼女は異なる病気の症状を訴え、その時に行った様々な検査結果や診断書がたくさんありました。これらの病気が複雑に絡み合い、彼女はまるで危篤の重病患者といっても過言ではありません。しかし、不思議なことに彼女は、いつもきらびやかな衣装を着たかわいい少女だったのです。

 彼女は毎回、違う服を着ていました。アメリカン・インディアンの先住民の衣装や、アフリカ人の長いスカート、18世紀のフランスの貴婦人のドレス、日本人の着物、ジーンズ、中国風の前ボタン式の上着。くるくる変わる彼女の衣装に、私は目もくらむばかりでした。更に私を驚かせたのは、彼女の表情や雰囲気、喋り方も、その時に身に着けている服とよく合っていたことです。

 ここは単なる診療所であり、ファッション・ショーのステージでもないのに、彼女はなぜいつも着飾ってくるのでしょうか。彼女は毎回、診療所を訪れるたびに異なる病状を呈していましたが、様々な民族の衣装と何か関係があるのでしょうか?

 ある日、彼女の家庭事情について聞き出しました。少しだけ、病因の手がかりを見つけることができたのです。

 「私は、他の都市からここに引っ越してきました。実家には兄弟3人と母がいます。父は生前、勤勉に働く有名な弁護士で、体も鍛えており、とても健康で元気いっぱいの人でした。私の家庭はとても幸せでしたが、ある日突然、すべては夢のように消えてしまいました」

 「ジムでトレーニングをしていた父は、突然、心臓病で呼吸が止まってしまいました。知らせを受けた私は、あまりのショックで全身の感覚が麻痺してしまいました。しかし、更に私を驚かせる出来事がありました。父の葬式が始まる前、とても教養があり、身分が高そうな黒人女性と3人の大きな子供が来て、父の霊前で悲しく泣いていました。私は何かの間違いかと思い、「すみません、場所を間違えたのではありませんか?」とやさしく声をかけました。すると、彼女は父と一緒に撮った一家5人の写真を私に見せました。神よ、父にはもう1つの家庭、もう1人の妻と3人の子供がいて、一緒に20年余り暮らしていたのです!まるで夢のようで、信じられませんでした」

 「この時、母と祖母が入って来ました。母は明らかに何も知りませんでした。私は彼女たちを別の部屋に連れて行き、違う日に父の葬式を挙げてくれないかとお願いをしましたが、断固として断られました。2つの家庭はそれぞれ父の遺体の両側に立ち、たくさんの疑問と怒りを抱えたまま、永遠に何も答えられない父を見送りました」

 「振り返って見れば、父はまるで分身術ができるようでした。私の記憶の中では、彼はずっと私たちと一緒にいたのです。私たち家族の誕生日にはいつも一緒だったし、大切な祝祭日もいつも段取りをして一緒に過ごしました。ただ父は、頻繁に祖母の家へ行くと言っていたのは事実でした。あの家の腹違いの兄弟に聞いたら、彼も同じことを答えました。クリスマス、感謝祭、誕生日、父はいつも彼らと一緒に過ごしたそうです。彼も父の出張が多かったと感じていましたが、弁護士の仕事をしていたため、出張が多いのも理解できると思っていたのです」

 「祖母だけが、すべてを知っていたようです。葬式の時、父の2番目の妻に会った祖母は、『芝居の幕が下りる時が来た』と、ひとこと言いました。祖母の家は芝居をする父の化粧室、更衣室だったのです。親戚や知り合いから見れば、父は祖母の家をよく訪れる『親孝行な息子』でした」

 ここまで話すと、カロリンは泣き出しました。「父が懐かしい。私は少しも、父を恨んだりしていません。父はきっと、とても辛くて疲れていたと思います。心臓が止まるまでずっと休む間がなかったのだと思います。私にとって彼はずっと良い父でした・・・」

 カロリンはここで、話を終えました。どうして自分をいろいろな人物に変装させたのか、あなたも父と同じことをしているのではないか、と私はカロリンに聞きました。

 少しぽかんとした後、自分が一体誰なのか、自分自身も分からない、とカロリンは話しました。「しかし、私のすべての病状は実在のもので、身体が感じた苦痛も存在します。ただ毎回、病気の発症は速いのですが、治るのもとても速いのです」

 彼女の病因は、「主意識が弱いこと」と私は確信しました。正気が不足すれば、必ず邪気が身体を侵すものです。

 漢方医によると、身体には13カ所の鬼ツボがあり、それらは人体が外部と交流するルートであると考えられています。13の鬼ツボは鬼宫(人中)、鬼信(少商)、鬼心(二つの大陵)、鬼塁、鬼路、鬼枕、鬼床、鬼市、鬼窟、鬼堂、鬼蔵、鬼臣、鬼封です。

 外来の霊に侵されないように、私はカロリンのすべての鬼ツボを針で閉じました、具体的にいうと、針をツボに刺し入れて左右に一定の回数で捻じる手法です。治療後、彼女の主意識はだんだんはっきりし、次第に正常な状態まで回復しました。時に高くなったり、低くなったりした声も正常になりました。多重人格の病状が消え、「鬼の気」が彼女の体内から排除されたからです。

 人体は、まるで一枚の服のように、誰かに着られると、それにコントロールされてしまいます。鬼ツボが開放された状態で、もし主意識が強くなければ、他の霊がやってきて人体を制御します。鬼ツボを閉じると、カロリンは侵されなくなり、多重人格の症状も次第になくなりました。

 鬼ツボに関して、中国古来このような詩があります。「百邪狂って病気を成して、鬼ツボに針を入れれば治れないものはない。先師から引き継いだ秘訣をもって、凶暴な霊は姿を隠し」
 

(翻訳編集・陳櫻華)