【掌編小説】腕を折った翁  白居易「新豊折臂翁」より

 春の馬市で思いのほか良い馬が購えたので、馬好きの白楽天は、お忍びで遠乗りに出てみたくなった。

 動きのない夕雲の様子だと、おそらく明日も風はなく、天気も良いだろう。自邸に住まわせている幾人かの書生のなかでも、もの静かで慎み深い亮文という若者に、明朝の供を言いつけておく。騎乗する馬は、買ったばかりの駿馬に替え馬をふくむ四頭。厩の下男には、馬蹄の手入れをよくしておくよう命じた。

 払暁のころ、亮文は支度を整えて中庭で主人を待っていたが、その表情はやや硬かった。出てきた楽天が、どうかしたかと聞くと、この生真面目な20歳の青年は「奥様にも言わず、お忍びでお出かけになっても、よろしいのでしょうか。お供が私一人では、もしもの時に旦那様をお守りできませんが」と気弱そうに言う。

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