チベットの光 (35) 師父の怒号

ウェンシーは小さい頃から母親の話を聞くと、それがどんなものであれよく従ってきた。今では師母が実の母親のようになっていたので、それを毛頭疑う余地もなく、小さい頃から嘘をいったためしもなく、このように師父をだますことなど思いもつかず、しかもその結果についても考えていなかった。師母はいつもよくしてくれていたので、師母が間違いをおかすとは到底思ってもみなかったのである。

 こうして師母が教えてくれた通りに、彼は荷物をまとめ、いくばくかのツァンバ(チベット民族の主食)を手にすると、師父の見えるところで涙を拭い、去る様子を見せた。師母はそれを引き留めるふりをして、「怪力君、いかないで!今度は師父に法を伝えるように言うから、だから落ち込んだりしないで、いく必要などないから」と言った。しばらくして、それが師父の目に留まり、師父が師母に叫んだ。

 「ダメマ(師母の名)!おまえたち二人はそこで何をしとるんじゃ?」

 師母は、師父が呼びとめたのを機会の到来と思い、すぐに応えた。「先生!怪力君が去ろうとしているので、引き留めているのですよ。彼は遠いところからきて、法を求めているのに、結果法は得られず、打ちのめされて罵られて苦しい工事ばかりさせられ、このままでは法を得られないままに死んでいくのではと心配しているのです。それでいっそのこと、別の先生のところに行って法を得ようと…私が引き留めているのですが、彼は行こうとしているのです」

 師母が言い終わらないうちに、師父は頭から湯気を出して怒り、屋内に入ってくると、手に鞭をもってウェンシーを打ち据えながら、罵倒し始めた。

 「この性悪な馬鹿者が!きさまは一体何者だ?おまえは来たときに、身口意をわしにささげると口上したではないか。おまえの身口意はすでにわしのもので、好きな時にわしが使えるのじゃ。それでどこにいこうというのじゃ。何にすがってどこに落ち延びようとするのじゃ。よろしい、いくのじゃな、それでなぜわしのツァンバをもっていくのじゃ?」

 師父は湯沸かし器のように頭から怒気を発しながら、彼のツァンバをとりあげると、手にした鞭でウェンシーの頭、手、脚、全身を容赦なく打ち据えた。師は打っては罵り、罵っては打ち据え、それは段々と苛烈になってきたので、ウェンシーは堪らず起き上がることができずに、地面に這いつくばり、鞭が背中に打ち注がれると、それは耐えがたい痛みとなった。

 彼は悲しかった。本当は去る意志などなかったのに、師母との芝居が師父に誠意として通じなかったばかりか、それを弁解するすべもなく、また師父の怒りをおさめることもできずに、自分の部屋へと走り去った。

 ウェンシーは部屋の中で大泣きすると、冷静になった後で、去るべきか否かを考えた。師母は彼に好意的であるし、師母と師父のおかげで業もかなり解消できたので、残ることに決め、心の中で思った。「よし、少なくとも夏までは、師母の搾乳と裸麦を炒めるのを手伝ってあげよう」

 「しかし、ここで正法を得られなかったらどうしよう?」彼は心の中で少しぐらついたが、また続けて思った。「マルバ尊者だけが即身成仏の法をもっている。もし今生で佛に修成できなかったなら、私にはこんなにも罪業が重いので、死後は地獄に堕ちるしかない…したがって正法を求め、ノノバ尊者の苦行に鑑み、苦を忍んで精進し、師父を喜ばせて法を伝えてもらう…」

 ウェンシーはノノバ尊者の話に思いを馳せるとき、正法を求めることが容易でないことを知っていたので、自ら更に精進努力をし、師父の話をさらによく聞いて受け入れた。ウェンシーはこのように考えて、また石、木材を背負って山に登り、大客店の城楼と十層の堡塁を築き始めたのだった。

 (続く)
 

(翻訳編集・武蔵)