チベットの光 (58) 精進苦修の誓い

去りゆく叔母の後姿を見るミラレパの心の中には、一種強烈な悲哀が広がっていた。彼の心には、さまざまなものが交錯していた。ジェサイが彼にした話、母親と妹の悲惨な命運、叔父の彼に対する怨恨、叔母の悪行、これらのことに思い至るとき、すでに数年が経過しているというのに、叔父は自分のしたことを棚上げにして、自分の受けた苦痛をまだ根に持っている。叔父の怨恨は、すでに叔父の心と人生全体を浸蝕していた。彼が生きているのはミラレパに復讐するためであり、彼はその怨恨の苦しみから抜け出せずにいた。叔母もまた相も変わらず貪欲で、その心根は悪いものであったのだ。

 ミラレパは彼らを見るにつけ、世間の人は実に憐れだと思った。わずかばかりの物質的利益のために嘘をついて人を騙し、心中の喜怒哀楽を掴んで放さず、その実これにしがみついて、がんじがらめになってその檻から出られないのだ。

 「ああ、世間のことは、大体がこのようなものだ。人は世に生きていて、何が面白いというのだろうか。まるで子供の遊びではないか」。ミラレパは嘆いた。心の中では世間に対する執着はなかった。彼は、自らの地所を放棄すると決めた後、まるで心の中の石の塊を取り出したようで、すぐに自由な気持ちとなり、心にはなにも心配事もなく、微笑みさえ浮かんできて、すぐにフマパイの洞窟に行って、そこで修行することにした。

 あくる日の早朝、日の出とともに彼は歩いてフマパイの崖に到着すると、洞窟の中に簡単な敷物を敷き、そのうえに座布団を置くと、打座修行の前準備をした。彼は修行をする前、あらかじめ自らに誓いを立てた。

 「もし修成に到達していなかったら、飢え死にしそうになっても下山して食を乞わない。凍死しそうになっても下山して衣服を乞わない。病死しそうになっても下山して医薬を乞わない。これより、私は世俗に関わる一切を断絶し、一切の誘惑に心を動かされることなく、一心に佛になるべく修行する。もしこの誓いに違い、正法を修めて精進できなければ、正法を修めないこの身このままでは、死んだも同然である。したがって、もし私が一旦この誓いを違えたら、護法の神々に私の生命を絶っていただきたい。死んだら、師父よ、どうか私がまた正法を修められるような人身に転生させてください」

 ミラレパは誓いを立てると、洞窟の中で修行し始め、毎日節約してツァンバを少しずつ食べて日々を過ごした。

 こうして点xun_齠冾ェ過ぎてゆき、ミラレパの洞窟の中での修行も一年になろうとしていた。彼は外にでて散歩しようか、麓の山里を歩いてみようかとも思ったが、洞窟のとば口まで来ると、果たして一年前の誓約が思い起こされて思いとどまった。

 彼の弛まぬ修煉、昼夜をわかたない勇猛な精進努力は三年になろうとしていた。彼の功はますます伸び、その境涯と悟ったところもますます高いものとなって、特異功能もその身に顕れるようになっていた。

 しかしこの四年来で、叔母がもってきた衣食は底をつき始めていた。彼の修行が深まるにつれて、精神力はますます強大になったものの、物質的な面では徐々に弱っていった。彼は食が細くなり、骨と皮ばかりになって栄養失調気味になったが、しかし修煉のおかげで、却って精神は毎日ますます愉快となり、心配事も憂いごともなく、内心は大変に満足して充実しており、その充実ぶりは世間の人にはとうてい想像もつかないし、理解もできないものであった。

 いくらお金があっても、心配事や憂いがない人生、病気のない人生を一生買うことはできない。ミラレパは本来一文無しで、衣食もない修煉者であるが、金のないことや衣食のないことをついぞ心配したことがなかった。世間の人は金があっても、自己の未来を杞憂し、自己の未来のために打算し、子女のためにあくせく心配する。ミラレパは、世界で最も貧しい文無しであったが、自分に金がないことは全く心配せず、また金がないことで悩むことが全くなかったのである。

 (続く)
 

(翻訳編集・武蔵)