ギリシア神話の中の大洪水伝説 

大昔、道徳の低下により人々はどんどん残酷に、貪欲になって、法律もただの飾り物となり、人類社会がどんどん衰退していきました。ゼウス神は人類の悪行を見て、様子をみようと人間に姿を変えて、人間界に降りました。

ゼウスが人間界に降りてみると現状は思っていたよりもひどいものでした。ある日の深夜、ゼウスはアルカディアの王であるリュカーオーンのいる場所に行きました。しかし、リュカーオーンは冷酷残忍で、ゼウスが神の力を以って、自分がただの人間ではないことを示しても、他の人たちは跪いて、敬意を表しても、リュカーオーンだけは全く信じないどころか、それを嘲笑いました。

リュカーオーンは「ならば、人間か神か、調べてみようではないか」と言いました。リュカーオーンはゼウスが眠っている間に殺してしまおうと考えていました。その前にリュカーオーンは秘かにある男を殺害し、彼は部下に、その人肉を料理して晩御飯としてゼウスに出せ、と命じました。全てを見通したゼウスは激怒しました。リュカーオーンに罰を与え、それ以来、彼は残酷な狼となったのです。

ゼウスは罪深い人類を見て、神の世界に戻り、他の神々と相談して、すっかり堕落した人類を滅ぼすことに決めました。その方法は豪雨を降らせて、大洪水を起こすことでした。ゼウスは南風の神ノトスに豪雨を降らせる命令を下しました。すると、雷が鳴り、稲妻が走り、豪雨により畑が浸水し、農民たちの1年間の努力もあっという間に水の泡となりました。

また海神は「荒れるがよい、家を飲み込み、ダムを決壊させるのだ」と川に命じました。するとすべての川が一斉に氾濫し、怒涛の勢いで次々と民家を飲み込んでいき、宮殿も濁流に飲み込まれていきました。間もなくして、陸地が消えてなくなり、海が地平線の向こうまで続きました。

この洪水を前に絶望しながらも生き延びようと山頂まで登った人もいれば、木船に乗る人もいました。しかし、多くの人は洪水に流されて命を失いました。たとえ生き延びても、何もかもが水中に沈み、洪水に流され、食べるものもなくなり、時間が経つにつれて、生き残った人々も次々と餓死してしまったのです。

しかしデウカリオーンとその妻ピュラーはこれらの大災害から無事に生き延びました。彼らは心優しく、神に対しても敬虔であったため、事前に神から警告をもらい、大きな船を造っていました。そして洪水が来た時、デウカリオーンは妻のピュラーと共にその船に乗ってパルナッソスへと向かいました。ギリシャのフォキダ地方にはとても高い山、パルナッソス山があったのです。

地上の様子を観察していたゼウスはデウカリオーンとピュラーの姿に気づき、北風のボレアースを呼びました。すると風が吹き、重々しい黒い霧が払われ、太陽が顔を見せました。嵐が止み、洪水も退いていき、山々と大地が再び現れました。そして、生存者たちがまた繫栄し、新たな人類の文明が始まったのです。

しかし時が経ち、この生き残った人類の道徳もまた滑落していき、人々は堕落していきました。古代ギリシャの叙事詩人であるヘーシオドスはかつてこのように言いました。

堕落した人類は罪深く、日々憂鬱と煩悩に悩まされ、苦しむ。親は息子に反対し、息子は親に敵意を持つ。客人は接待してくれた友人に文句を言い、友人同士でも憎み合う。人間社会は怨恨に満ち溢れ、親兄弟間においても昔のように互いの心を打ち明けられない。年を取った親は子供に尊敬されず、老人は虐待される。ああ、なんて無情な社会だ。神による審判を忘れたのだろうか。親が育ててくれた恩を忘れたのだろうか。

弱肉強食の社会で、詐欺師は至るところで横行し、他人の村や町をどう荒らすかだけを考えている。正直で善良な人間は殴打され、嘘をつく者が褒め称えられる。悪人は善良な人間を侮辱し、いじめている。しかし、これこそ彼らが不幸になる根本的な原因なのだ。

(作者・莫求 /翻訳編集・天野秀)