ルネサンスは 神と人類文明 どちらを称えているのか?(上)

ルネサンス期を育んだイタリアの都市ーーフィレンツェ

遠近法や人体解剖学などの運用と、明暗に対する理解により、イタリアはルネサンスの発祥地となりました。その後、ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の天井に描いた『創世記』がルネサンスを最盛期へといざないました。我々が讃嘆せざるを得ないこの時期の多くの傑作には、実はもっと大きな価値が隠されているのです。

啓蒙時代に注目している歴史学家たちは、ルネサンス期を、現代世界へ向かう人類の最初の転換点であると説明しています。彼らは、ルネサンス期は実はまだ中世暗黒時代にあり、娯楽に反対し、勉学を重視していた社会だったが、ギリシア哲学を新たに解釈した後、生まれ変わったと考えています。ルネサンスはまさに人体を通じて人間の美を探索し、芸術家たちも神様を芸術の対象として表現しなくなり、人間を表現するようになりました。

聞いている分には、納得するかもしれませんが、イタリアに行ったことのある方や、ルネサンス期についてしっかり勉強したことのある方は、上記の論述は事実とかけ離れていることに気づくでしょう。ルネサンス期であっても、その前や後の時期の作品であっても、みな極力神様への信仰を表現しているのです。
 

中世・ルネサンスの始まり

歴史家のジョン・モンファサニによると、“中世のヨーロッパは書籍をこよなく尊敬し、キリスト教でも、ギリシャでも、ローマでも、書籍には絶対的権威が込められていた。そのため、中世の読者や作家、神職者、文学関連の仕事に携わっている者は、みな聖書や文献記載に深く影響されている”といいます。

中世の修道院がただ祈祷のためだけに建てられたのでないとしたら、そこは知識を交換したり創造力を発揮したり、学びあったりする場所でもあったと考えられなくはないでしょうか。つまり、中世の人々の日常生活は決して暗黒なものではなく、他の時代と同じように複雑でありながら、同時に愛や憎しみ、信仰、疑い、好奇、そして、無知に満ちていたとも考えられるでしょう。

中世の芸術は絶えず革新され、どれも美しく、感動するものばかりです。明らかに西洋の文明は中世のヨーロッパと深く結びついているのです。

(つづく)

(翻訳編集・天野秀)