ハイレベル小学生を育てた古代中国の教科書「三字経」第8話:知識の習得

コメント

原文

曰春夏、曰秋冬、此四時、運不窮。

曰南北、曰西東、此四方、應乎中。
 

訳文

曰春夏 曰(い)はく春夏(しゅんか)
曰秋冬 曰(い)はく秋冬(しゅうとう)
此四時 此(こ)の四時(しじ)
運不窮 運(めぐ)りて窮(きは)まらず
曰南北 曰(い)はく南北(なんぼく)
曰西東 曰(い)はく西東(せいとう)
此四方 此(こ)の四方(しほう)
應乎中 中(ちゅう)に応(おう)ず
 

解釈

一年の間に移り行く春、夏、秋、冬を合わせて四季と呼びます。中国最古の医学書『黄帝内経』の一節「春生(春は発生)、夏長(夏は成長)、秋収(秋は収穫)、冬蔵(冬は貯蔵)」にあるように、四つの季節それぞれに特徴があり、常に変化しています。

また、北、南、東、西の四つの方向を四方と呼び、それぞれの方角の位置関係を表しています。四つの方角はすべて中心を軸として対応しており、これによってさまざまな方向を判断することができるのです。
 

筆者所感

本連載ではこれまで、親を敬い孝行することや兄弟を愛することの大切さを話してきました。これらは人間の最も基本となる部分で、知識や見聞などはこの上に成り立つものです。人間としてあるべき道徳に比べれば、才能や技術は二の次であり、古代では道徳を重んじることが最重要とされてきました。しかし、古代の人々も知識の習得を否定していたわけではなく、社会に貢献するためには、徳と才能を兼備することが必要であると考えていたのです。このように徳は才の主であり、才は徳のために使われるという考え方は、『三字経』に込められた重要な思想の一つです。

古く、私塾で子供たちの指導をしていた先生は、必ず「首孝悌,次見聞」(第6話参照)について詳しく説明できなければいけなかったと言われています。こうした基本的なことを子供たちに教え、決して本末転倒にならないようにするのが、いわゆる啓蒙主義の考えとされていたのです。

そのため、これまで道徳の大切さについて話してきた本連載ですが、前二話からはテーマが知識の啓蒙へと移りました。子供たちは将来、生活していく中できっとさまざまな問題に遭遇するでしょう。それを解決するためには知識を身につけなくてはいけません。前二話で数字の基本概念についてお話ししたので、今話からは四季や四方など、天文地理の分野について話を展開していきます。

ところで、なぜ知識のひとつ目で数字の話をしたのか、季節の話の方がよほど生活に密着しているではないかと不思議に思う方もいるでしょう。実は、これは道教の自然や宇宙に対する考え方が反映されているのです。中国春秋時代に思想家の老子が書いたとされている書物『道徳経』の中に、このような一節があります——「道生一、一生二、二生三、三生萬物」(道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず)。これによれば、世界の万物は混沌とした状態から始まり、長い時間をかけて陰と陽の二つの気に進化し、二気が互いに影響し合うことによって第三の物質が生まれ、それが世界の万物になったと考えられていました。したがって、「一から十」そして「万」へと表されるこの言葉は、単に一から万までの数字を指しているだけでなく、我々の世界は何もない状態から創られ、無から有へ、そして一から万になるという古代道教の宇宙観にも通じているのです。つまり、私たち人間とこの大きな自然界、天地万物の間の位置関係や繋がりというのは、切ることのできない天人合一のものであり、この広大な宇宙観を子供たちに教えるために、知識教育の導入として数字の概念について話をしているのです。

実は、儒学というのは、道家思想の教えに通ずる部分が多くあります。道家は、万物生成の原理である道の思想を基礎に、無為自然による処世を説き、仙人に向けて修煉するものですが、それを孔子がわかりやすくまとめ、人々にも理解・応用しやすいように学問の形で書き表したのが、儒学です。「儒」という字が、「人」と「需」の二字から成るのもこの所以です。そのため、儒学には道家の要素が多く含まれており、この二つは切り離すことのできない一体のものなのです。つまり、儒家に伝わる教えは孔子が創り出したものではなく、古代文化の人間的側面を孔子が総括したものということです。中国五帝のうち、最初の帝とされる黄帝や孝悌の始祖である舜帝は、道を修める道人であったため、儒家が説く「孝道」も歴代の皇帝に由来するものなのです。『三字経』は、こうした先人や皇帝が残した人間の行動原理や自然宇宙の基本概念を子供たちに触れさせ、理解させることを目的としています。

このように、『三字経』は人々の思考範囲を一気に宇宙全体にまで拡大し、視野を非常に高い位置まで引き上げてくれます。情報量が多いので、どの角度から見ても、深遠で底知れぬ膨大な学びがあります。

では、宇宙観など概念に関する話はここまでにして、ここからは話を人間の生活に戻し、四季の変化や地理的な方角などについて話していきましょう。

日本もそうですが、一年には春・夏・秋・冬の四つの季節があります。うららかな陽気が気持ちのいい春は、生まれの季節です。農作業や種まきに適しており、タイミングをしっかり掴むことが大事です。続く夏は成長の時期。春に蒔いた種がどんどん成長し、大きくなっていく様子は、見ていて嬉しさとともに活力を得られるでしょう。そして、秋には収穫期を迎えます。冬は活動には適さずメンテナンスが必要な季節です。人の健康と農業は四季の移り変わりに合わせる必要があり、そうでなければ作物は育たず、人の健康も損なわれてしまいます。人の活動は自然のリズムに従って行うべきで、自然のリズムは四季の変化に反映されます。これは逆らってはならない自然の摂理なのです。

四季と言えば、一日のリズムにも同様のことが言えます。一日の中にも四季のリズムがあり、朝は春らしく早起きして自分に活力を与えましょう。陽射しが照りつける昼前後は、暑くて活動的な夏のようなもの。夕方は秋のように一日の活動が終わりを迎えるタイミングで、夜は冬のように眠りについて休息し、体力を養って次の日の活動に備える時間です。

今日では、このような自然の法則に従わない人が多く、規則正しい生活を送らず、季節に合った食べ物を食べていないために、様々な現代病が引き起こされています。これらはすべて先人の教えを忘れ、放棄した結果です。三字経の教えは、人々に善良であることを教えているだけでなく、伝統的な養生観念を知ることから、伝統医学や農業、天文地理にも広く興味を持つようになるのです。
 

故事寓話「黄帝と指南車」

ふわぷか / PIXTA

遥か昔、方位磁針が発明されるより前、人々は太陽と空に輝く星を頼りに道を探していました。夜は北極星を、昼間は太陽と影を頼りに方角を判断していたといいます。

その後、中国で羅針盤が発明され、紙や印刷術、火薬と合わせて中国の四大発明に数えられています。しかし、羅針盤が発明されるより遥か昔の2千年以上前、人々はすでに磁石を用いて南北の方向を決める「司南」を生み出しており、これが後の羅針盤のもととなったのです。ところが、同じく方向を判断できるとされる「指南車」は、4千年以上前から存在していました。
 

《三才圖會》-指南車

 

遡ること4千年以上前、中国の黄河や長江流域には多くの部族が住んでいました。黄帝はそのうち最も有名な首領で、中華民族の始祖とも言われています。

当時、東方の九黎族の首領に蚩尤という者がいました。非常に屈強でしたが、黄帝に対して敵意を抱いており、全く従おうとしませんでした。後に蚩尤は、81人の仲間を引き連れ、黄帝の地に攻め込みました。さまざまな銅製武器を手に攻め込んできた強敵に対処するため、黄帝はあらゆる策を講じ、戦闘用の鋭い武器——弓矢を発明しました。しかし、北方からの風が強く、砂埃が立つこともしばしばあったため、兵士たちが道を見失わないようにするため、黄帝と手下らは「指南車」を造り上げました。

両軍は涿鹿で交戦し、蚩尤の従えた兵士は勇猛でしたが、黄帝の軍勢には歯が立たず、最終的には敗退してしまいました。戦地では、砂嵐こそなかったものの、濃霧が立ち込め、辺り一面は南北の区別がつかないほど真っ白だったといいます。そんななか、黄帝軍は指南車の誘導を頼りに霧の中を進み、最終的に蚩尤を撃破し、涿鹿の戦いに勝利したのです。

この物語は、地理的位置の判断能力を備えることの重要性を示しています。それは、戦時中だけでなく、普段の生活においても同じで、見知らぬ場所へ行った時、これらの知識があれば道に迷うことはありません。太古から伝わるこのような基礎知識は、原始的に思えるかもしれませんが、今日に至っても非常に役立つものです。儒学の教えは、生活に密接に関わる実用的なものを子供たちに教えているのです。

——正見網『三字経』教材より改編

つづく

 

文・劉如/翻訳編集・牧村光莉