【千古英雄伝】チンギス・カンーー1本の矢は折れるが、1束の矢は折れにくい(下)

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チンギス・カンの第一王妃から生まれた長男ジョチ、次男チャガタイ、三男オゴデイ、そして、四男トルイ。彼らは皆勇猛果敢で、大黒柱のようにモンゴル帝国を支えていました。帝国をさらに固めるために、チンギス・カンは常に古い物語をもって彼らに道理を教えました。

ある日、チンギス・カンは4人の息子を呼び寄せ、矢筒から1本の矢を取り出すと、ボキッと真っ二つに折りました。次に2本の矢を取り出し、再び折ったのです。そして今度は矢筒からすべての矢を取り出して折ろうとしましたが、なかなか折れませんでした。

この時、チンギス・カンはこう言いました。「お前たちもこの矢と同じだ。1人では弱いが、団結すればたとえ強大な敵でも、お前たちには勝てないだろう」
「しかし、お前たちの中にみんなをまとめるリーダー役がいなければ、みんなバラバラになり、何事においても争うようになる。いくつもの頭を持つ蛇のように、寒い冬の夜、どの頭も洞窟の中に入りたがるが、しかし、どれが入っても、他の頭が反対し、結局、みんな凍死してしまうのだ」

チンギス・カンの息子たちは幼いころから、父親の後についていき、軍隊とともに移動して生活していたので、皆傑出した勇士です。彼らの長所に基づいて、チンギス・カンはそれぞれに役目を与えました。モンゴルの娯楽の中で最も重要なのは狩猟です。兵士を訓練する最も良い方法でもあるので、チンギス・カンは狩猟活動を非常に重視し、準備や計画、分配など、狩猟の分野を長男のジョチに任せました。

次男のチャガタイは気概があり、規則やルールに非常に厳しいので、「大ヤサ」(モンゴル法典)や軍法の執行や監督を任せました。
三男のオゴデイは心が広いので、カンの座を継承させ、智略の分野を任せました。

モンゴルでは、末っ子は家の財産を守り、引き継ぐという習慣があるので、当時、まだ4人の息子しかいなかったチンギス・カンは当然、帝国の財産である軍隊のことをトルイに任せ、軍隊の組織や、兵士、軍馬の装備などの指揮をとらせました。また、トルイに与えた領地も、オゴデイが継承するこの帝国の中心地とは隣り合わせです。

息子たちに軍隊を分配する時も、チンギス・カンは公平に分け与え、そして、全員に補佐として建国に尽くした功臣をそれぞれ数人指名しました。チンギス・カンはすべての指揮官の前で息子たちにこう告げました。

「たとえ、大将に過ちがあっても、独断で処罰をしてはいけない。なぜなら、お前たちはまだ若いからだ。彼らはみんな私の、この帝国の功臣だ。処罰する前に、まず私に知らせなさい。私がいない時は、一族全員で相談してから、軍令を執行するのだ。しかし、その大前提として、罪状が明白であることと、罪人が自らの罪を認めることだ。冤罪は決して許されない。これだけは覚えてほしい。怒りや他の情緒に駆られて罪を犯した者を処罰してはいけない」

かつてモンゴル中原を統一し、西や南に進軍して多くの国家や部族を征伐していた頃の日々を振り返ったチンギス・カンは、息子たちや一族の人たちにこのように言い聞かせました。

「私はあの日の出の場所から、日が沈む場所まで戦った。
いくつもの国家や民族を帰服させてきた。
異なった考えや習慣を持つ人々をひとつにまとめ、
汚れた心を持つ人たちに苦痛を与え、意気消沈させ、
陰険な人たちを負かした。
我が子孫、我が親族たちよ、決して怠惰になってはいけない。
強固たる意志を持ち、勇敢に進むのだ!」

(完)
(翻訳編集 天野秀)

洪熙