漢方医の経験から知る 胃の経絡から歯痛を治療する理由

現代の名医である張錫純氏は、自身の中国医学書『医参録』の中で、自身の歯痛が治った短い物語を語っています。この話から、胃の熱に由来する典型的な歯痛があることがわかります。胃の経絡から熱を取り除くことによって、激しい痛みが消えるのです。

風邪の後の歯痛

著者の話によると、彼はもともと体力があり、これまで歯痛に悩まされたことはありませんでしたが、ある年の旧正月の前、天津から故郷に戻る際、思いがけず風邪を引いてしまいました。家に着いて暖かくしてベッドで寝ていると、やがて心に熱を感じ、次いで左側の歯が痛み始めました。

漢方医である彼は、風邪を引いたとはいえ、まだ時期が早く、菌が体の奥まで浸透していないことを経験的に知っていたので、汗をかいて風邪を追い出すことにしました。そうすれば、歯痛も治るかもしれないと思いました。今まで歯痛に悩まされたことがなかったため、仕事の疲れや、忙しく走り回ることにより、精神的な緊張からくる体内の熱を無視してしまっていたのです。それはただの感染症ではありません。急に風邪をひいたからこそ、胃の中の熱があらわになったのです。

そのため、発汗薬を飲みました。うっすら汗をかくことができ、心のそわそわした気持ちが少しおさまり、歯の痛みも軽く感じられました。しかし、内熱は風邪を引く前に体に溜まっていたので、まだ取れてはなく、心は落ち着かず、2日後に再び発熱し、歯痛がさらに激しくなりました。

ふと、多くの医学書に、上の歯茎は「足の陽明胃経:胃経に属する足を流れる陽経の経絡」の循環に属し、下の歯茎は「手の陽明大腸経:大腸経に属する手を流れる陽経の経絡」の循環に属すると書かれていたことから、心臓の熱や歯の痛みは、胃の経絡が上向きに逆流することによって引き起こされるとわかりました。熱い気は経絡に沿って上昇し、歯茎を通過して歯痛を誘発しました。

そこで彼は、歯痛の治療方法を考えだしました。それは、胃の経絡の熱を取り除くことでした。彼は、「体内にこもった熱による歯痛を治療するには、必ず石膏の使用を重視し、辛味(消散する)・寒涼性の生薬を補って陽明胃経の熱を清めれば、歯痛は治る」と言いました。

原因を突き止め、石膏を細かく砕いたもの約110gとミントの葉を少しちぎって、煮出して2回に分けて飲み、毎日1回服用しました。2回服用すると、内熱が取れて痛みが和らぎました。ミントのおかげで石膏が体表から内熱を発散させました。それで普通なら治るはずでしたが、翌日、重い患者の治療に出かけなければならず、寒さと積雪約1mの中、患者の治療にあたりました。戻った後、彼は再び風邪を引き、そしてまた歯が痛くなりました。

歯痛が再発し、理解を深める

その夜、彼は自分は体力のある医者で、薬もよく理解しているので、大胆に、マオウを、(マオウは、肺を暖める、寒さを発散させるために汗をかくことができ、より強力な煎じ薬)単一で煎じました。一般的に肝血を守るため、水と胃薬を一緒に飲む必要がありますが、彼は時間を節約したいので、マオウのみを使用しました。2回服用しても汗をかかず、夜中まで汗をかきませんでした。しかし、毛穴が開いて、肌がずっと楽になりました。

しかし、今回は汗をかいた後の歯痛は全く治まらず、ひどくなると左側に沿って気が上向きに流れるのをはっきりと感じることができ、頬の痛みは耐えがたいものでした。この病気は確かに気血が熱で逆流して左頬に停滞することによって引き起こされ、さらに脳に流れ込むと脳のうっ血を引き起こし、非常にあぶないと認識しました。

彼はすぐに牛膝(ごしつ)と赭石(しゃせき)の微粉末に切り替えて、逆行で燃えるような気血を下げました。服用後、すぐに効果があり、歯痛が治りました。

血や水といった陰の物質が過度に不足し、その結果、過陽が抑制されず、陰陽のバランスが著しく崩れます。(tada / PIXTA)

胃の経絡は血と気が最も多い経絡であり、胃は肺の守護神です。肺を病気から守る第一の防衛線であり、風や寒さに対抗して汗をかくとき、胃は速やかに気血を供給します。このとき食欲はなく、病気と戦うことに集中しなければならず、食事に気を配れません。 (このため、この時は粥を食べるのがよく、味が濃いものや脂っこいものは食べないほうがよい) 

したがって、汗をかくということは、ほとんどが胃経の気血からきています。 冷汗を繰り返し、陰血や水分の不足、陰陽のバランスが崩れ、陰血が陽気を抑制できず、その経絡の気が過陽になります。また、何日も薬を服用し、肝臓と腎臓が虚して、肝血が不足し、うつ熱(熱中し症状)を引き起こしました。熱い気血が急速に上方に走り、胃の気の波動を助けて逆流するため、左脇腹に続く気の波動をはっきりと感じることができたのです。血や水といった陰の物質が過度に不足し、その結果、過陽が抑制されず、陰陽のバランスが著しく崩れました。

この経験から、内の熱で歯が痛くなると、胃の経絡の気が経絡ルートを逆流して歯茎に至ることを肌で感じます。経絡が身体に及ぼす影響と、気の存在や陰陽のバランスの崩れが病気を引き起こすという事実を確認しました。体の不調の症状は、経絡が走行する部分に現れることが多いので、漢方では経絡から入って気血の流れを整え、冷えを取り、熱を和らげることで自然に病気が解消されるのです。

注:あくまでも中医学の治療の原理を理解するためのものであり、治療のための薬を使用する場合は、医師の診断が必要です。

白玉煕
文化面担当の編集者。中国の古典的な医療や漢方に深い見識があり、『黄帝内経』や『傷寒論』、『神農本草経』などの古文書を研究している。人体は小さな宇宙であるという中国古来の理論に基づき、漢方の奥深さをわかりやすく伝えている。