嗅覚の低下は高齢者にとって不便なだけではなく、死亡リスク増加の警告サインとなる可能性もあります。
新しい研究では、2,500人以上の高齢者を追跡調査した結果、嗅覚障害がある人は6年間で死亡するリスクが68%高いことがわかりました。主な死因は神経変性疾患や呼吸器疾患でした。
アメリカの高齢者では、嗅覚を完全に失う嗅覚脱失(アノスミア)の頻度が年齢とともに増加し、60~79歳では13~25%、80歳以上では39%に達することがあります。
誤った回答はリスクを増大させる
この研究は、60歳以上の人々の健康寿命における嗅覚の重要性を示していますが、研究者たちは嗅覚低下そのものが死亡の直接原因ではなく、あくまで死亡リスクを示す指標であると強調しています。
研究は医学誌『JAMA Otolaryngology–Head & Neck Surgery』に発表され、16種類のにおいを識別する「Sniffin’ Sticks嗅覚検査」を用いました。においの識別テストで誤答が多いほど、6年後および12年後の死亡率が高いことが判明しました。
1問誤答するごとに、6年後の死亡リスクは6%上昇し、12年後では5%上昇しました。
嗅覚を失うことで、6年後の死亡リスクは68%、12年後では67%増加しました。ただし12年後になると、年齢そのものが大きなリスク要因になるため、嗅覚障害と死亡との関連は弱まる傾向にあります。
調査対象者全体では、6年以内に約18%、12年以内では約38%が死亡していました。
さらに、においテストでの誤答は、6年間で神経疾患や呼吸器疾患による死亡リスクを約3割増加させることとも関連していました。
研究者たちは、スウェーデン高齢化・ケア全国調査のデータを分析しました。対象は平均年齢約72歳の2,524人で、2001年から2004年にかけて評価され、最長12年間追跡されました。
死亡率はスウェーデン国家死因登録簿を通じて追跡し、年齢、性別、教育歴、喫煙歴などを調整したうえで、嗅覚能力と死亡率の関係を分析しました。
何が嗅覚低下と死亡をつなぐのか?
「嗅覚障害は複数のメカニズムを介して死亡率と関連している可能性がある」と著者らは指摘しています。嗅覚が低下すると、煙や腐敗した食べ物などの危険を察知しにくくなりますが、こうした直接的な事故死はまれです。むしろ、炎症や神経変性の兆候である可能性が高いと考えられます。
「高齢者の嗅覚低下は決して無害な変化ではありません。多くの場合、より深刻な基礎疾患が隠れているため、精査が必要です」と、長寿医療専門家でFountain Lifeの最高医療・科学責任者であるヘレン・メシエ医師は語ります。
嗅覚の低下は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患と関連しており、これらは確実に死亡リスクを高めると彼女は説明しました。
嗅球や関連する脳領域は、アルツハイマー病に関連する神経病理学的変化の影響を最初に受ける部位のひとつです。
メシエ医師は、嗅覚低下は炎症、代謝異常、さらに進行した認知機能低下を示すことがあり、これらはいずれも若年での死亡リスク増加に関連すると述べました。
嗅覚低下は、神経変性疾患の早期の非運動症状(プロドローマル症状)であるだけでなく、他の全身性疾患の兆候でもある可能性があると、Northwell Long Island Jewish Forest Hillsの老年医学・緩和ケア部門長であるイザベラ・パーク医師も《エポックタイムズ》に語りました。
これには心血管疾患や糖尿病などが含まれ、炎症や微小血管障害といった共通の病態生理メカニズムを反映している可能性があります。
微小血管障害は心臓や脳の細小血管に影響を及ぼします。これらの変化は動脈硬化や毛細血管密度の低下を引き起こし、臓器への血流や酸素供給を阻害する可能性があります。
また、組織損傷に対する生体の自然な反応である慢性炎症も、神経疾患や心血管疾患の発症・進行に関与します。特に加齢に伴う慢性の軽度炎症(インフラメイジング)は、これら疾患の進行を促進します。
嗅覚低下は、他の疾患の指標であるだけでなく、生活の質(QOL)や安全性にも直接影響を及ぼします。
「高齢者が嗅覚を失うと食欲が低下し、十分な栄養やビタミンを摂取できなくなることがあります。さらに、ガス漏れや腐敗した食べ物、煙を感知できなくなり、危険にさらされるリスクが高まります」とメシエ医師は説明します。
6年間のデータでは、嗅覚障害と死亡の関連のうち、23%は認知症、11%はフレイル(虚弱)、5%は低栄養が原因でした。
しかし12年後には、フレイルのみが死亡の有意な原因でした。
低栄養やフレイルは、高齢者のストレス耐性や病気からの回復力を低下させ、合併症や脆弱性を増加させることで死亡リスクを高めます。いずれも免疫力を弱め、身体的予備力を減少させます。
研究者たちは、健康スコアが低いことも呼吸器疾患による死亡リスクを6年間で87%、心血管疾患による死亡リスクを50%高めることを確認しました。
年齢を重ねても嗅覚を守るには
メシエ医師によると、高齢者は嗅覚の健康を維持するために積極的な介入が可能です。
「臨床研究では、クローブ、レモン、ローズ、ユーカリなどの香りを用いた『嗅覚トレーニング』が有望とされています」と彼女は言います。
また、慢性炎症、副鼻腔疾患、代謝異常などは適切に管理する必要があると述べています。
さらに、禁煙、亜鉛やビタミンBの適切な摂取、認知トレーニングや有酸素運動なども、加齢に伴う感覚機能やレジリエンス(回復力)の維持に間接的に役立つと推奨しています。
パーク医師は、医療従事者は患者や介護者に対し、食品の安全性を高める工夫や、視覚・食感などの手がかりを活用して十分な栄養を確保する方法を指導すべきだと述べています。
メシエ医師は、嗅覚低下は静かに進行するが、全体的な健康寿命の重要なバイオマーカーとして注目されていると強調しました。
嗅覚は脳、免疫、感覚系の状態を同時に反映します。認知機能や歩行の変化をモニタリングするのと同じように、嗅覚の変化を把握・追跡することで、より早期に、より効果的な介入が可能になります。
(翻訳編集 神谷一真)
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