中医学の根本理論は『黄帝内経』に由来し、その中の『素問』では、およそ三分の一が「五運六気」についての論述に充てられています。これを読むと、多くの方が疑問に感じるかもしれません。病を治し、人を救うための医学書が、なぜこれほどまでに宇宙の気候変化、いわば天文や気象の話に紙幅を割いているのか -それは一見、医学とは関係がないようにも思えます。
しかし、ここにこそ古代医学の最も根本的で、最も重要な認識があります。すなわち、「天地の運行をもって人体を観る」という視点です。この考え方を離れてしまえば、中医学の理論は基盤を失い、全体がばらばらになってしまいます。
そのため、2025年・乙巳年の年末(2026年2月4日の立春をもって、干支が「丙午」年に変わります)を健やかに過ごすための養生も、まずは五運六気の視点から理解することが欠かせません。
「天と人が一体となって生命がめぐる仕組み」を読み解く学問
五運六気とは、天地に存在する木・火・土・金・水という五つのエネルギーの運行が、六つの気候的段階を生み出す過程を研究する、伝統医学の理論です。古人は、宇宙も人体も同じ五行から成り立っており、人の体は小さな宇宙であり、宇宙は巨大な人体であると考えていました。したがって、天地の気の動きを理解することは、そのまま人体の働きを理解することに等しいのです。
自然界の気候変化を正しく読み取り、五行の気がどのように生じ、制し合い、消長していくのかを理解できれば、人体の臓腑機能がどのように変化していくのかという流れも見えてきます。五運六気の学は、病気を治すためだけのものではありません。むしろ、臓腑の強弱がこれからどのように移り変わるのか、どの時期にどのような病が現れやすいのかを事前に察知し、未然に防ぐための学問なのです。

このため古人は、長年にわたり天地の気の変化を観察することで、人々の体調や臓腑の盛衰を推し量り、ある年やある季節に流行しやすい病を予測し、あらかじめ必要な薬や処方を整えて、被害を最小限に抑えてきました。
つまり、「天人相応」とは抽象的な哲学的スローガンではなく、実際の医療や養生に直接役立つ、極めて実践的な医学体系なのです。現代の言葉で言えば、これは全体の流れや法則をもとに、病気になる前から体を守る高度な「予防医学」です。
一年先の体の変化を先取りして読む知恵
中医学の養生を語るうえで、五運六気を避けて通ることはできません。一見すると気候の理論のように見えますが、その本質は「その年、人体の臓腑がどの方向へ傾きやすいか」という大きな流れをつかむための学問です。
特別な検査機器がなくても、この五行の予測体系に自分の体質を重ね合わせることで、これから一年、自分の体に起こりやすい不調の傾向を前もって知ることができます。そうすれば、食事・生活リズム・感情の持ち方・養生法をあらかじめ整え、臓腑の働きを本来の位置へ戻し、病を未然に防ぐことができるのです。

2025年・乙巳年は「金の運」が弱く、肺が影響を受けやすい年
古代中国では、年を天干と地支で表します。2025年は「乙巳(いつし)」の年です。五運六気では、天干によってその年全体の五行の運気を定めます。
乙は「金」に属し、したがって乙巳年は「金運」の年となります。しかし乙は陰の天干であるため、この年は「気運不及」、すなわち金のエネルギーが不足しやすい一年と判断されます。
人体もまた五行の体系で成り立っており、五行は五臓として具体的に表れます。金に対応する臓は肺です。外界の金気が不足すると、人体の肺気も影響を受け、全体として肺の働きが弱まりやすい一年になると考えられます。
肺気の虚弱が引き起こす、全身のバランスの乱れ
肺の働きが弱ると、その影響は呼吸器だけにとどまりません。中医学では、肺は皮膚や体毛を司り、呼吸を管理し、体内の気を「上げすぎず、下げすぎず」に整える役割を担うと考えられています。さらに、昼夜のリズムに合わせて陽気を昇降させる調整役でもあります。
ところが肺気が不足すると、この「下へ納める力」が弱まり、体の中で次のような連鎖反応が起こります。
まず上半身では、陽気が下がりきらずに上に浮きやすくなり、頭や胸に熱がこもります。その結果、イライラしやすい、眠りが浅い、口・鼻・目が乾く、のどや歯が痛むといった症状が出やすくなります。
一方で中・下半身には十分に陽気が届かず、消化力が落ちて冷えやすくなり、寒湿が体内にたまりがちになります。お腹や腰が冷える、手足が重だるい、腰が冷えて尿が近い、手足が冷たい、関節や筋肉がこわばるといった状態も、この影響です。
これらはすべて、肺に属する「金」の働きが弱まり、体全体の気の昇り降りのバランスが崩れた結果といえます。
金が弱れば木が強まる――風が強く、肝が乱れやすい一年
五行は常に互いに制御し合ってバランスを保っています。金は木を抑える関係にあり、金の力が弱ると木の力が相対的に強くなります。
乙巳年はまさにこの状態で、自然界では風が強まりやすく、人体では肝の働きが過剰になりやすい一年と考えられます。肝の熱や高ぶりが強くなると、弱った肺がさらに乾燥しやすくなり、肺の虚弱が悪化します。
そのため、今年の養生で最も重要なテーマは「肺をいたわること」です。肺を潤し、気を落ち着かせるケアが、全身のバランスを守る鍵になります。
「終之気」の到来――寒・熱・風が同時に体を乱す時期
五運六気では、一年を二十四節気に基づいて六つの段階に分けます。現在はその最後の第六段階、「終之気」に入っています。これは小雪・大雪・冬至・小寒の四つの節気を含む、年末から年明けにかけての約二か月間です。
この時期は二つの特徴を併せ持ちます。地球内部の五行の働きとしては「寒水」の気が主となり、強い冷えが現れます。一方で、宇宙的な運行の観点からは、木と相応する火の気が同時に巡るため、体内では風と熱の影響も重なります。
その結果、寒・風・熱の三つの気が同時に人体を乱し、肺と腎が弱りやすく、上半身はほてるのに下半身は冷える「上熱下寒」、さらに脾胃の働きが落ちて消化力が低下するという状態が起こりやすくなります。
終之気の養生の要点――収めて守るケアを中心に
この時期の養生で大切なのは、五臓をバランスよく整え、「収める・守る」方向に体を導くことです。
具体的には、肺の気を補って余分な熱を下へと収める力を高め、脾胃を健やかにして寒湿をさばき、腎を補って下半身の冷えを防ぎます。同時に、高ぶりやすい肝の働きをやさしく鎮め、肝火や肝風を落ち着かせることも欠かせません。
こうして五臓の働きを調和させることで、年末の体内環境を安定させ、季節の変わり目に起こりやすい不調を未然に防ぐことができます。
乙巳年「終之気」にすすめたい食材リスト
五運六気の理論を日々の食卓に生かすため、年末の「終之気」の特徴に合わせた冬のおすすめ食材を目的別にまとめました。
1.肝の高ぶりを鎮め、気の乱れを落ち着かせる食材
大根、小松菜、チンゲン菜、ほうれん草、春菊、セロリ、キャベツ、ゴーヤ、豆腐、緑豆もやし、枝豆
2.肺の働きを補い、乾燥を防いで潤す食材
大根、長芋、きのこ類、れんこん、白菜、ゆり根、白きくらげ、梨、りんご、バナナ、はちみつ、アーモンド
3.脾胃を温め、冷えと湿をさばく食材
かぼちゃ、さつまいも、干し椎茸、米(白米・玄米)、もち米、あわ、はと麦、あずき、大豆、しょうが、長ねぎ、しそ、にんじん、味噌
4.腎を養い、精を蓄える食材
黒豆、黒ごま、里芋、長芋、くるみ、栗、クコの実、えび、牡蠣、うなぎ、鮭、豚肉
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