【紀元曙光】2020年8月18日

(前稿より続く)渡哲也さんが演じた東郷平八郎が良かった、と言いたくて、承知の上で脱線している。
▼歴史的背景を少し付言するならば、この日露戦争(1904~05)の当時、露はロマノフ王朝の最末期である帝政ロシア。中国は、老いた西太后がまだ眼光をぎらつかせていた清朝の、同じく最末期であった。いずれも、まもなく終焉する。
▼東アジアの島国である日本が、大国ロシアに勝利した。実際は、薄氷を踏むような危うさだったが、滅満興漢のスローガンを掲げて清朝を打倒し、近代国家への脱皮を模索していた孫文や秋瑾など中国の革命家を狂喜させた。彼らの本心はどうであれ、明治維新をなし遂げ、今またロシアに勝った日本は、彼らにとって羨望もふくむ「お手本」だったのである。
▼お手本にふさわしく、明治の日本人は規範意識が高かった。折り目正しく、きちんとしていた日本に、後発の中国は学ぼうとした。日本も(目的があってのことだろうが)中国や朝鮮の有望な若者を選抜し、日本の軍関係の学校に入れて学ばせた。今の共産党中国では、なんでも日本を悪役にして洗脳教育をするから、そうした自国の歴史さえも中国人は知り得ない。
▼ただ残念ながら、日本においても、そうした継承すべき日本人の美徳が途絶えてしまっているのではないか。渡哲也さんの訃報を聞いて小欄の筆者が何を思ったかというと、これでまた一人「歴史を演じられる役者」がいなくなった、という喪失感である。
▼今どきの若い俳優は、衣装だけ着ても日本の軍人や武士にはとても見えないのだ。伝統文化の継承は、誠に容易ではない。(2回了)