THE EPOCH TIMES

≪医山夜話≫ (26-1) 心のダメージ

2011年04月10日 07時00分
 【大紀元日本4月10日】最後の患者が帰り、診療所の扉をしめて外に出ようとした時、電話のベルが鳴りました。少し迷いましたが、電話を取ると、それは知り合いの西洋医からの電話でした。彼のところに動けなくなった急性腰捻挫の患者がいるので、私に手伝ってほしいと頼んで来ました。彼は、腰捻挫の治療が私の得意分野であることを知っていたのです。

 ジェニーに会った時、彼女は苦しそうにうめき声を上げていました。両手で椅子の手すりをつかみ、立ち上がれず座ることも出来ませんでした。少し動いただけで体に激痛が走ります。臨床でこのような患者を多く見て来た私は、直ちに彼女の人中のツボに針を入れました。彼女が何も知らないうちに、私はすでに針を刺したのです。そして、彼女に深呼吸を教えてから、1分も経たないうちに彼女は立ち上がれるようになりました。腰にまだ痛みはありましたが、気持ちは楽になったようです。針を刺したままで少し歩かせ、ふと彼女の顔を見ると、苦痛で緊張していた表情が随分リラックスしていました。

 針を取った後で、私は一般の臨床治療を始めました。彼女に痛い部位を尋ねて、腰を検査しようとしました。私の手が彼女の体にまだ触れていない時、ジェニーは大声で叫びました。まるで腰にナイフが刺さったような叫びです。手が上の方に止まったままの私を見て、彼女は「ごめんなさい、本当に申し訳ありませんでした」と謝りました。

 ジェニーは私の手をつかんで泣き始めました。彼女は過去に、心身共に深く傷ついていることが分かりました。

 「やはり腰痛をまず治療しましょう。今日帰ってからよく眠れると思います」と、私は優しく声をかけました。

 帰る前には、彼女の腰はだいぶ楽になっていました。座ることも立ち上がることも、歩くことも出来るようになりました。

 彼女は少し恥ずかしそうに、「先ほどは、私はあんなに叫んでしまいました。本当に……また先生に治療して頂けますか?」と聞いたので、「もちろんです」と私は答えました。

 ジェニーの腰痛は間もなく完治しました。また数日が経ち、彼女は自分のカルテを持って私にてんかんの治療を頼んで来ました。それで、私は彼女の身の上を知ることになったのです。

 「私たち6人兄弟は中部にある農村で生まれました。母は善良でしたがなんのとりえもなく、私が5才の時に、酒好きの継父と再婚しました。あれから私の地獄の様な生活が始まりました。継父はずっと私をいじめ、虐待しました。14才の時、ついに私は家出をして、それからあの家には二度と帰ったことがありません。今、私は結婚して2人の子供がいます。絶対に継父を子供たちに近づけません」

 「私は極端なコンプレックスを持っています。幼少時代のトラウマは、私をずっと苦しめています。どうして大人は私を虐待し、どうして子供であることがこんなに不幸なのか、とよく思いました。コンプレックスと反抗心が高じて、私は矛盾した人格の持ち主になりました。表では非常に自尊心が強くみえますが、それは内心の極度なコンプレックスを隠すためでした。私の人生は苦しみそのものです……」

 「人類の道徳理念はどうして今日のように堕落しているのか、私には理解できません。どこにも見られる児童虐待、自分が生んだ子に対してもしかりです。日曜日、人々は教会に行ってただ自分の利益のために祈っています。悪事を働く人の心の中には少しの良心も感じられず、悔い改めることなどはなお更できません……」

 話せば話すほど、彼女の情緒は不安定になり呼吸も速くなって、てんかんが再発し、私は彼女のけいれんを止めました。

 彼女は意識が回復すると、今回のてんかんは発病以来最も短く、1分間だけだったと私に教えてくれた。

 ジェニーは体操教師で、体はとても健康そうに見えます。少なくとも、表面上ではそう見えます。彼女の趣味は運動で、最も好きな運動はサッカーでした。毎回診療所に来るたびに、彼女の体には多くのアザがあり、足を捻挫したり、ひざを怪我したりして、傷が絶えることがありませんでした。

 ある日の帰り道、ちょうどジェニーたちがサッカーをやっている運動場を通ることになったので、私は柵の外で彼女を応援していました。その日、彼女はキーパーを担当していました。ボールに飛びかかる時の速度はまるで発射された砲弾のようで、その速さといったら私の想像をはるかに超えたものでした。彼女は自分の体を無防備に投げ出して、その献身ぶりに私は驚きました。親指を立てている私が見えた時、彼女は子供のように興奮して応えてくれました。

 その後、彼女が診療所に来た時、私は彼女の勇敢さに対して敬意を表しました。もしそのボールが私に向かって飛んで来たら、私はどうしたら良いかわからないと話しました。

 「サッカーをする時、よくあのボールは継父であると想像しています。私が、もし20数年前に今の体力があれば、彼は絶対に私に近づく事が出来ませんでした。残念ながら、その当時の私はとても弱かったのです。母が生きていなければ、私はきっと彼を刑務所に送り込でいたでしょう」彼女の話は憎しみに満ちていました。この恨みは深く心の底に埋められ、永遠に消すことが出来ないものだと私は感じました。今日、もし彼女が継父と再会すればどんなことが起こるのか、想像出来る様な気がします。

 「あなたの『てんかん』はご家族のどちらからの遺伝ですか?」

 「母と祖母からです」。彼女の表情がすこし曇りました。「小さい時に、見下され虐待された時、私はすぐに発病するようにと願いました。それから、私は自在に発病のタイミングを調整できるようになりました。それはあくまでも自分を守るためでしたが、結局、それで私の体は弱まり、歩くことが困難になりました」

 「お母様は知っていましたか?」

 「母はすべてを知っていました。家には姉妹がいるため、彼女たちを守るために、母は私を犠牲にしたのです。母自身もよく継父にひどく殴られていました。母は敬虔なクリスチャンですが、仏教の宿命論を信じています。私達は前世で悪い事をやったために現世ではこのような報い受けているのです。継父はあなたを虐待していますが、家族が食べているパンは彼が稼いだものです。彼がいなければ私たちはみんな乞食になっているので辛抱しましょう、とよく言いました」

 「世の中にタダのものはなく、すべて得るためには代償を払わなければならない、と私は幼い頃に教え込まれました。パンのために、家族全員が乞食にならないために、私はその代償を継父に払わなければいけません。一方、私の継父も自分の行為のために代償を払わなければいけません。いつか、私と彼は一緒に神さまの前に立ち、私が何も言わなくても、神さまが彼の醜い魂を見て、直ちに公正な判決を下し、彼を地獄に送り込むものと信じています……」

 
(翻訳編集・陳櫻華)


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