英国バイリンガル子育て奮闘記(62)転校 (1998年 春)

【大紀元日本11月22日】イジメの見張りの件は、一応、担任が対処するとのことだったが、やはり先生は子ども社会の一員ではない。同然ながら「誰が言ったんだ」という話になる。汚名の晴れた大柄な子は、なぜか突然、娘に優しくなった。複雑で微妙な空気が娘の周りに漂う。

こんな中、日に日に娘の筆跡が乱れるようになった。宿題をしていても「どうでもいい」という投げやりな様子。さらに毎週のスペルのテストでは、前の週に先生が黒板に書いたスペルが違っていたということで、キャンセル。親の方も、学校の方は「大丈夫かな」と心配になる。

女王陛下から勲章を授かった優れものの校長先生が早期に定年退職して以来、学校の雰囲気が急変していた。入学当初は生徒への個別指導に感動していたが、小学4年生ともなると、クラス内での学力の格差が激しくなる。30人あまりのクラスを学力別に三つに分けて、ボランティアのお母さんやアシスタントと一緒に数学や英語の指導にあたっているが、手に負えないと担任の先生は率直に話してくれた。 下校時にお迎えに行った際、ボランティアのお母さんにクラスの様子を尋ねたところ、首を振って「めちゃくちゃよ」との返答。 新しい校長先生になり、学校全体が緩み、娘のクラスの男の子は授業中にトイレから外への脱出をはかったという話も耳にした。

日本から送ってもらったビデオ番組に、不良校の実態を浮き彫りにした内容のものがあり、娘と一緒に見ながら「ひどいね」とコメントしたら、「普通だよ」という言葉が戻ってきた。

たまたま、一年前が、教員が早期退職しても退職金を減額しない制度が適用される最後の年だったとかで、 ベテラン教師が一度に退職してしまい、全国的に校長先生と教頭先生が突然不足したようだ。娘の学校では、校長は来たが教頭はみつからず、最初の一学期は教頭なしで運営された。校内で最もうるさい娘のクラスは、 一時的に新米の先生が担任となった。

娘の学校では一学期に一度、 夕食後に親が子どもと一緒にクラスで自由に先生と面談できるひとときが設けられていた。アポイント制ではなく、他の子どもたちが親に自分の作品などを見せている中で、先生に空きがあれば話しかけることができる。

算数のノートを見せてもらって、バツがついているところがあり、「ここは説明されたんですよね」と尋ねたら「時間がなくて」という返答。うーん、納得いかない。しかし、私が身勝手な教育ママなのかもしれない。娘さえこの環境で楽しいのなら、我慢しようと自分に言い聞かせ、学校からの帰り道、「学校楽しい?」と尋ねてみた。すると 「楽しくない」の一言。

学期の途中ではあったが、親としては別の学校を探すことにした。 娘の誕生月がちょっと早く、一学年上のクラスに入っていたら、このような状況には陥らなかったと思う。担任にも恵まれ、静かなクラスのようだった。

(続く)