アングル:量的緩和は妥当か、ドイツ憲法裁がEU揺るがす判決

[ブリュッセル 5日 ロイター] – ドイツ連邦憲法裁判所は5日、欧州中央銀行(ECB)の量的金融緩和の一部が基本法に違反しているとの判断を示した。しかしこれはECBの政策だけでなく、欧州連合(EU)を形作る根本概念を揺さぶる危険をはらんでいる。

ドイツ憲法裁が主張したのは、EU加盟各国の司法にはEU法が国内法にどんな時に優越するのか、あるいはしないのかを決める権利があるということで、EU司法裁判所(ECJ)をEUの最高裁とする体制に挑むものだ。今後EU懐疑派が同じような異議を申し立てる前例を生み出したともいえる。

あるEU高官は「ECBへの重大な挑戦というよりも、ECJに対するメッセージのように見える。真の問題は、誰が法の解釈権を手にするかだ」と語った。

欧州統合の出発点となった1957年のローマ条約以来、EUは他に例がない、国家主権共有という実験を続けている。加盟国は相当大きな自決権を保持しながらも、EU法が優越する分野をルールで定め、ECJが解釈を担う仕組みを設けてきた。

確かにこれまでも長年にわたり、各国の司法が独自の権限が及ぶ範囲を探ろうとする動きや、各国政治家がEUの「絶対的命令」に不平不満を声高に唱える事態は目にされている。それでもECJにこそ、EU法が優越する分野を決定する権限があるということは、英国でさえも今年EUを離脱するまでおおむね受け入れてきた原則だった。そうした考え方に、EU創設メンバーの一角を占め、欧州最大の経済規模を誇り、最多のEU予算を拠出しているドイツの裁判所が反論したのだ。

しかも今は、新型コロナウイルス対策の協力や英離脱後の対応を巡って、EUがなかなか一枚岩になれていない状況にある。

<権限逸脱>

ECJは2018年12月、ECBがソブリン危機後の経済てこ入れに向けて導入した量的緩和について、EU法に沿っているとの判決を下していた。

ところがドイツの経済学者らがこれに異議を唱え訴えた問題で、憲法裁は今回、ECJの判断を「包括性に欠ける」と切り捨て、量的緩和がユーロ圏経済の必要に応じた措置かどうか適切に検証されていないと批判。重大なのは、結論としてECJの判断を「ウルトラ・バイレース(ラテン語で権限の範囲外)」と認定するとともに、ECBに量的緩和の妥当性を3カ月以内に証明するよう求めたことだった。

ドイツ憲法裁の判断は、ECBの信認を脅かしただけでなく、こうした法解釈を巡る見解によって各国に大きな反響を巻き起こした。

欧州委員会は声明でECJの判決は各国の司法を縛ることができると再確認した。一方、ポーランドのナショナリスト政権は、ドイツ憲法裁の判断を「勝利」と賞賛。カレタ司法副大臣が「ポーランド政府は何カ月も前から、EUはわが国の権限を超越することができないと明言してきた」と語った。

<基本ルール書き換えも>

今回のドイツ憲法裁の判断がEUにどのような波紋を広げるかはまだはっきりしない。ロックダウン(封鎖)でユーロ圏が深刻な景気後退に陥っている局面で、ECBの包括緩和策に暗い影を落とすだけでなく、政治的な影響を及ぼしかねないと心配する向きもある。

米国の民主主義監視団体フリーダム・ハウスは6日、加盟国が法の支配を守ることを第一の条件としているEUの方針に異議を唱えてきたポーランドとハンガリーについて、両国の民主主義の行方に懸念を示す報告書を公表した。

またスペイン出身で欧州議会のリベラル派に属するルイス・ガルシアノ氏は「欧州の将来が非常に不安だ。ECJが最上級の地位を得ているのに各国の憲法裁が一方的な判決を下せば、欧州は機能しない。ハンガリーとポーランドの憲法裁が今回の動きに追随するだろう」と述べた。

EU専門家の中からは、ECJとドイツ憲法裁の見解が対立したことで最終的に権力構造の基盤となるルールの書き換えが必要になってもおかしくないとの声も聞かれる。そうなれば「パンドラの箱」が開かれてしまう。

ING銀行のエコノミスト、カルステン・ブゼスキ氏は、ドイツ憲法裁もECJもともに専門知識がない分野で、ドイツ側がECJの解釈を真っ向から否定した点を踏まえ、もはやEUの基本条約(リスボン条約)を修正する以外、実質的な解決法はないとの見方を示した。

(Jan Strupczewski記者)

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