≪医山夜話≫ (61)

ルイのオートバイの旅

人は人生の中で、記憶に残る瞬間というものがひとつやふたつあるものです。それは、例え衝撃的な出来事でなくても、何かの拍子に蘇ります。その人にとって、その一時は、とても意味のある出来事なのです。

 私には2歳離れた兄がいて、よく二人で一緒にいろいろな計画を話しました。その頃、家には1台の中古の自転車しかなく、いつもパンクさせては、タイヤを何度も修理していました。そこで私たちは、ある「野心的な計画」を立てました。

 ある晩のこと、夕飯を食べた後に計画通り、兄が母にその「野心的な計画」を語り始めました。私はこっそり隠れて二人の会話に聞き耳を立てていました。

 「母さん、僕、どうしてもオートバイが欲しいだけど…」と兄が言いました。

 すると、お皿を洗いながら聞いていた母は、少しも驚かずに言いました。「いいわよ、転んで足を骨折しても後悔しないのなら、2台買ったって……」

 私は直ぐに母の言葉の意味が分かり、躊躇しました。しかし、その意味が飲み込めなかった兄は、「2台あったらすごくいいね。もしそれほど高くないオートバイだったら……」と言いました。

 母が皿洗いを終えると、私はすごすごと退散しました。結局その後、自転車のタイヤを修理し、新しいベルを買っただけで、この一件は落着しました。しばらくして、私たち二人はオートバイの事をすっかり忘れてしまいました。

 私がアメリカに来てから、ある日のこと、夫が突然「オートバイを買いたいんだけど、君はどう思う?」と尋ねてきました。

 「いいわよ、転んで足を骨折しても後悔しないのなら、2台買っても」と、おもわず私は、あの時に聞いた母の言葉を繰り返していました。

 しかし、夫は西洋人なので、私の話の裏を理解できなかったようです。目を大きく見開いて、「あ、君も1台ほしいのかい?それじゃ、さっそく明点xun_齒盾ノ店に行こう……」と言いました。

 私は頭を振りながら、「いいえ、買っていいとは言っていないわ。買ってはいけないと言ったのよ」と今度は、はっきりといいました。「オートバイは危険よ。それを自転車のかわりに使うつもりなの? 中国では通行人と自転車、オートバイ、自動車、トラックが同じ道路を走るから、オートバイを使うと早く走れるかも知れない。だけど、アメリカでオートバイを本当に安全な交通手段として使う人がいるかしら。さもなければ、私の診療所に多くの怪我人が溢れることはないでしょう……」それを聞いて、夫は黙ってしまいました。

 ある日、ルイが診療所に薬を取りに来ました。彼は毎年、決まった季節になると定期的に来る患者で、春と秋になると必ず風邪、鼻炎、頭痛などを訴えます。日が経つのが早く、いつも彼に会っている感じがしました。しかし、今回は、彼の様子が違っていました。革ジャン、革ズボンを身にまとい、革の手袋に強化プラスチックのヘルメット、装備万端です。オートバイに乗って他の州まで旅行に行きたいと私に教えてくれました。

 彼の興奮する様子を見て、私はすぐにオートバイをめぐる夫との会話を思い出し、心の中では「ちょっと待って」と思いましたが、何も言いませんでした。デリケートなルイは私の心配を見抜き、「心配しないでください、私はちゃんと準備しましたから」と言いました。

 彼はコンピューターの技術師で頭脳明晰、やせて弱々しい体とは、どうもつり合いません。それで、同僚たちが彼にランニングやサッカー、テニス、オートバイで山道を走ることなどを勧め、「若者の生活」を謳歌するように励ましたのでした。

 ルイは何度も唆されて、とうとうやる気が湧いてきたようでした。まずネットで各種のオートバイ用具を探し、それから1時間、2時間…とオートバイに乗る練習をしました。ルイは州をまたがって走る体力があると確信し、旅を始めました。

 またルイには、医者とは全く異なる彼独自の理論がありました。ルイによると、転んで何本かの骨が折れても、実は何の問題にもならない、というのです。80代の老人でさえ、折れた骨はまた速く元通りになる、筋肉と靭帯もちょっと引き延ばすと元通りに回復できる、という理論です。

 彼は確かに最悪の覚悟もしたようです。ただ、口先で簡単に言えることが現実になった時、人間はそんなに釈然としていられるのでしょうか。現実になった時、この理論は、間違っていたと気付くでしょう。

 私は彼の後ろ姿を見送りながら、彼の歩き方は力強く、たくましく見えました。

 それから20日ぐらいたったある日の事でした。彼は救急車でここに搬送されてきました。オートバイも大破していました。高速道路の曲がり角で、彼とオートバイがはね飛ばされたのです。彼の右腕に数ヶ所の骨折がありましたが、幸いに命に別状はありませんでした。それからしばらくの間、彼は病院、診療所、保険会社、弁護士事務所の間を奔走しました。

 彼の腕は、ステンレスの板と釘が打ち込まれ、石膏で固められました。その苦痛は言葉では言い表せません。それから一枚の長い石膏を短い二枚に替えてから、2ヶ月後、また石膏を外して他の固定方法に変えました。腕全体の筋肉が萎縮し、指は動かせないほど腫れ上がりました。治癒しても右腕は今後まっすぐに伸すことが出来なくなってしまったのです。彼の右手の能力は、ほぼ全部失ったようなものでした。

 当初、彼にオートバイを買うようにとけしかけた人たちは、彼の様子を見て、みんな黙って自分のオートバイを売ったり、人にあげたりしました。結局、ルイは仕事まで失ってしまいました。あれほど自信満々の若者だったのに、今では髪に白いものが目立ち始めました。

 私はもう一度、兄と母の会話を思い出しました……。

 自転車はオートバイと比べたら格好よくありませんが、ルールをしっかり守れば怪我をすることはほとんどありません。

 (翻訳編集・陳櫻華)