≪医山夜話≫ (26-2)

心のダメージ(2)

ジェニーは長い間、てんかんの他にも重いうつ病を患い、不眠症と悪夢に絶えず苦しめられていました。薬を飲み続けていますが情緒が不安定で、いつも緊張した生活を送っていました。彼女の家族、友人、同僚も彼女のペースに巻き込まれていました。彼女は物事に対して極度に敏感で、人の話の裏に深い意味が隠されていることをいつも疑っています。彼女の幼な友達はみな、彼女の性格を知っています。彼女はなんとか自分の性格が変わるよう努力しましたが、幼少時代の心の傷が深すぎて、そこから抜け出すことがで出来ませんでした。

 西洋の心理学的な治療法としては、患者に薬を処方したり、患者の話にじっくり耳を傾ける他に、心の中のうっ憤を発散させるために枕を思いっきり叩かせたり、人のいないところで大声で叫ばせたりします。主治医はジェニーの心の傷を徹底的に治すために、彼女の継父の追悼会を開かせました。ジェニーの記憶から継父の存在を抹消させるためです。それはもちろん本物ではなくバーチャルでしたが、追悼会のプロセスは本物と全く同じ形をとりました。ジェニーの友人と同僚を招き、柩の安置部屋に蓋を被せた棺桶を置きました。追悼会で、ジェニーは長い弔辞を読み上げ、皆で継父の思い出を語りました。継父とのトラウマを葬り去るようにしたのです。

 彼女の夫は、いつも彼女のそばにいました。不思議なことに、彼の顔立ち以外、話し方、習慣、趣味、工具を並べる順番などが、彼女の継父に良く似ていたました。昔、継父は金曜日にはしか食べてはいけないというルールを作りましたが、ジェニーはそれに反抗し、魚を全く食べませんでした。一方、ジェニーの夫のマルクは金曜日になると家でいわしを食べたり、こっそり外のレストランへ行って魚を食べたりして全く気にかけていませんでした。相変わらず毎週金曜日になると、家の空気はとても重苦しく暗くなりました。

 私は彼女の来診日を、あえて金曜日にしました。しかし、彼女は車の鍵が見つからないとか、子供が病気に罹ったとか何度も言い訳をして、来診しませんでした。それでも私は根気よく彼女を待つことにしました。

 ある金曜日、彼女はとうとう私の診療所へやって来ました。彼女は悲しそうに、そして少し腹を立てていました。夫と喧嘩して何日も会話をしていなかったのです。「先生、私は一生この影から抜け出すことができないのでしょうか?」

 「それはどんな影ですか?」

 「金曜日には魚を食べるという悪習です。今、子供は魚が好きになって、私が反対すればするほど彼らはもっと魚を食べるのです」

 「金曜日に魚を食べるとどんな問題があるのですか? 海辺の人たちは魚が主な食べものなのですよ」

 「先生は、分かっているはずです、その取り決めが継父のルールだと思うと、私は……」

 「ジェニー、今度はあなたの番です。心の器を大きく持ってください。自分の幼少時代に虐待を受けた代わりに、今、あなたは周りのその虐待と関係のない人たちを巻き込もうとしているのです。あなたは他人に厳しくそれを求め、自分の子供にまで文句を言っています。子供たちに何か過ちがあるのでしょうか? あなたは苦しみを経験した人としてもっと人の気持ちを考えて家族を愛し、彼らに自分の受けたような同じ苦しみを与えないように努力すべきです。人を尊重してこそ自分がはじめて尊重されるのではありませんか?」

 彼女はそれには答えず沈黙し、長い間考え込んでいました。

 

 ある日、ジェニーは私とじっくりと話したいために予約時間より早めに来ました。私達は前回の話題を引き続き話し続けました。

 「先生、いままで私は人にとても尊重されたい人間でしたが、人を尊重することなど全く考えていませんでした。前回、先生の話を聞いた後で、私は真剣に考え直し、マルクと子供たちに対してそれを実行してみました。子供の多くの行為と観念は親から教えられたものだと初めて理解できました。私は夫の話を最後までちゃんと聞いてあげて、彼の言いたいことを本当に理解できました。すると、かつて感じた事のない温かで調和のとれた気持ちに包まれました。子供が真面目に私の話を聞いてくれた時など、私は心の中で神様に感謝しています。私は人と交流する方法がなんとなくわかったような気がします。これからは、誰が正しいか誰が間違っているのかという話をしないつもりです」

 彼女の主治医は、ここ数ヶ月間の彼女の脳のCTスキャンを見て、彼女の病状が大きく改善された事にとても驚いたそうです。そして、彼女のてんかんの発作も減りました。かつて1時間の間に、10数回起きていたのが、1度だけか全くないこともありました。

 彼女の病気が改善されてきたのと同時に、彼女の性格が変わったことが私には分かりました。いつも緊張気味だった彼女はリラックスし、穏やかで寛容になりました。最近の自分の検査結果を見て、ジェニーは大変驚きました。というのも、以前、主治医は彼女に、「一生涯、薬を使用し続けなければならず、病状が悪化しても好転の見込みはありません」と言っていたからです。
 

(翻訳編集・陳櫻華)