大地に触れる幸せ アーシングという健康法

日本人は古来より、という敷物のうえに直に座ることで、素足や素手で天然素材に触れる感覚を「生活上の好ましさ」ととらえて、生きてきました。

もっとも、日本の畳が庶民の家や長屋にまで普及したのは、江戸時代以降です。
畳は、平安時代には天子や高級貴族の広間の一部分でした。

その後、武家の時代も後期になって、ようやく大きな城や大名屋敷に畳敷きの大広間が出現します。

それまでは、長らく板敷きの床が主だったのですが、それも木材がゆたかな日本だからこそと思えば、自然の恵みに感謝の念さえ湧いてきます。

日本以外の国では、屋外から室内までの間に明確な境界や高低差がないので、はきもの(または沓)を履いたままベッドのある寝室まで入っていたわけです。

習慣の違いなので、その是非については言及するまでもありませんが、湿度の比較的高い日本の家屋は、屋外の地面より、屋内の生活空間を高く作る必要もあったと言えます。

靴を脱いで家に「上がる」という日本人の習慣は、こうした歴史のなかで育まれたものと言えるでしょう。

一方、日本には、素足で土を踏み、締め込み一本の裸で組み合う相撲という競技があります。地面の上ではありませんが、柔道も剣道も素足で行います。

農耕民族である私たちの祖先は、裸足で水田に入って苗を植え、秋にはその恵みを刈り取って、食する前に神仏に供えました。

今日の世界で、靴を履かず、地面を素足で踏んで生活している人々が一体どれくらい、いるでしょうか。ちょっと想像もつきませんが、おそらくそうした人々は、原始の頃からの生活形態を比較的多く残しながら、21世紀の現代に至っているのでしょう。

本記事は、そうした昔ながらの生活を継承している人々に対して、大いなる敬意と、少しばかりの羨望をもちながら、稿を進めようと思います。

人間が、素足や素手で、直接、土に触れる健康法を、新しい言葉でアーシング(earthing)というそうです。(本来のアーシングは自動車の電気系統に関する専門用語です)

アースとは、この地球であり、また大地を意味します。
地球上で最大の物体(つまり地球)に人間が直接触れることは、単なる物理的接触ではなく、その大いなるエネルギーに同化する、あるいは、人間の体内にそのエネルギーを取り込むことになる。アーシングはそのように考えるといいます。

このアーシングには、実際に顕著な健康効果があると言われています。
今の都会では、土の道は全くといってよいほどなく、アスファルトやコンクリートの上を、絶縁性の高いラバー底の靴をはいた人々が、足早に歩いて行きます。

また、さまざまな家電製品や通信機器に埋め尽くされた現代社会には、人体には本来無縁であった電波や電磁波が飛び交っています。

そうした不要な物質が人体に蓄積した場合、健康維持のために、意識してこれを放出しなければなりません。

そこで、まさに「不要な電気を大地に流す」という本来のアーシングの意味と同様に、裸足になって土を踏み、草に寝ころび、砂浜を歩く時間をもつことが、「人間が本来もっていた正常な状態を取り戻す」という意味での健康効果につながるのです。

日本の畳や板敷きなどは、天然素材であるので、大地とつながるアーシングに近い効果が期待できます。

一方、化学繊維の絨毯や化学製品の床クロスなどは、絶縁性が高く、いかにも自然を遠ざけたような無機的な感触をもちます。その両者を比べた場合、どちらが心地よく、人間の生命に合っていると思われますか。

アーシングには、2つの方法があります。
一つは直接法で、靴もソックスも脱ぎ、素足で公園の芝生や土を踏んでみることです。足の裏に感じる大地の感触を、じっくり深く体にしみこませてください。

いかがでしょう。人間は昔こうであったという懐かしさと、そこに回帰できた安心感を得られましたでしょうか。

ただ一つ、ご注意いただきたいのは、現代人は残念ながら昔の人に比べて免疫力が劣っていますので、破傷風菌などの感染を避けるため、足に小さなキズがある場合は、流水で洗った後、よく消毒をしてください。

ムカデなどの毒虫も、うっかり踏んで、咬まれないようにしましょう。

もう一つは間接法で、室内のベッドの敷物や床の一部にアース線を取り付けて、屋外の地面に電流が流れるようにしておく方法です。

室内で通常の生活をしながらアーシングができるということで、ちょっとズボラのようですが便利な方法です。そのほか、アーシング・シューズという、足の空間と靴底の接地面が金属線でつながっていて、歩きながらアーシングができるという靴も販売されています。

お金をかけるかどうかはともかく、大地に触れる機会をもつことは、現代人の健康維持に、今や不可欠になっているのかも知れません。

(翻訳編集・鳥飼聡)