お釈迦様とその家族(1)

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今から2500年以上前の古代インド、現在のネパール領土内に、カピラヴァストゥ(カピラ城)という国がありました。王様は釈迦族で、姓はゴータマ、名はシュッドーダナ(純米の意)であるため、浄飯王とも言われました。王様には長い間、後継者がいませんでした。 

ある日、王妃のマーヤー夫人は夢の中で、六牙の白象が空中に現れ、右の肋骨から体内に入るのを見ました。その直後、彼女は妊娠し、紀元前565年、マーヤー夫人の右半身から太子が生まれました。赤ちゃんは「おめでたい」「万事を成し遂げる」という意味を含めてシッダールタと名づけられました。

シッダールタ王子は生まれてすぐに、言葉を話し、人の手を借りずに歩くことができました。王子の体からは光が放たれ、目は四方を注視しており、7歩ほど歩くと、一歩ごとに蓮の花が地面から咲き出ました。一瞬、花が雨のように降り注ぎ、薫風が漂って、仙人の音楽が聞こえ、天地の間に吉祥の光景が広がりました。

王子が生まれてから7日目にマーヤー夫人は亡くなり、叔母のパジャパティがシッダールタ王子の面倒を見ることになりました。

50歳で子供を授かった浄飯王は、自然と王子を溺愛し、占い師に王子の人相を占ってもらうと、「王子は三十二の大物の相を持ち、大徳を備えている。成長すれば、この世のすべての栄光と富を享受し、もし王位を捨てて僧侶になれば、きっと偉大な覚者(悟りを開いた者)となり、その名声は広く知れ渡るだろう」と言われました。

その時、仙人である阿私陀(アシダ)も徒歩で遠くから、王子を訪ねてきました。王子を見たとき、最初は大喜びしましたが、その後、涙を流しました。

浄飯王は困惑して、「どうしてそんなに喜んだり悲しんだりするのか」と尋ねました。すると阿私陀は、王子は将来必ず出家して至高の悟りを開き、その教えを聞く機会があれば誰でも解脱することができると言いました。阿私陀はなぜ泣いたのでしょうか?それは自分が既に年老いて、王子が教えを説くまで待てずに、貴重な因縁をとり逃してしまうだろうと考えたからです。

もちろん、浄飯王はシッダールタ王子に王位を継承させ、世界を支配する君主になることを望んでいたため、彼を出家させないように注意していました。

(続く)

(翻訳・微宇)