世も末か「携帯でドラマ見ながら鐘を打つ道士」 著名な道教寺院での嘆かわしい光景=中国 四川

その道士は、参拝客が真摯に参拝している傍らで、自分のスマホを目の前に置き、テレビドラマ見ながら、片手でお勤めをしていた。
2024/02/17 李凌, 鳥飼聡

漢字の神秘(4):善

「善」は、上部の“羊”と“言”の“口”から成り、シンプルに解釈すれば、「羊の言葉」となります。

漢字の神秘(3):徳

日本でもお馴染みの「徳」という文字は、中国語の「德」(“心”の上に、“一”がある)に由来します。

日本の寿司の歴史を探る なぜ、寿司には魚介類しか使わないのか?

日本食といえば、寿司を思い浮かべる人が多いでしょう。 しかし、寿司は日本が発祥の地ではありません。魚介類と一緒に食べることが多いのですが、それはなぜでしょうか? 日本の寿司の起源を探ってみましょう!
2024/01/30 新庄綾子

「末法の世」の醜態 寺院住職が性スキャンダル、政協委員資格を剥奪される=中国

中国では近年、仏教寺院が金儲けに走ったり、「美女に囲まれて、高級車を乗り回す僧侶」のニュースがたびたび報じられている。
2024/01/25 李凌, 鳥飼聡

これぞ「末法の世」 現代中国の僧侶たち

現代は「末法の世」だという。それを如実に示すように、中国の僧侶など、中国宗教界の堕落は目に余るものがある。巨大な仏罰が下るのは必然であろう。
2023/09/30 李凌, 鳥飼聡

【法顕】玄奘より200年以上前に天竺に仏教の経典を求めた者(1)

古代中国では、異国を最も遠くへ旅したのは商人でもなく、軍人でもなく、文人でもなく、僧侶でした。 玄奘三蔵の天竺行がよく知られていますが、法顕はそれより200年以上早く数万キロ歩いて、天竺(インド)に仏教の経典を求めて行きました。しかし、パミール高原を越えたとき玄奘は30歳、法顕はすでに60歳を超えました。
2023/06/29 秦順天

慧能の千年不壊の真身(しんじん)【未解決ミステリー】

中国に現存する最古の肉身は、唐の時代の禅宗の第六祖である慧能(えのう)の真身です。六祖というのは中国禅宗の開祖・達磨大師から数えて6番目の祖師に当たります。
2023/05/17 扶揺

チンギス・カンーー世界貿易の原型を築く(中)【千古英雄伝】

チンギス・カンの3男、オゴデイの養子である楊惟中は知略に長け、二十歳にして西域30以上の国々に赴き、政令・條格の布告、人口調査による戸口の登録など、現地の統治体制を整え、大きな功績を収めました。この他にも、楊惟中は活版印刷伝播の重要な功臣でもあったのです。

舎利とは何か?

舎利とは何でしょうか?仏教の文献によると、入滅した釈迦牟尼仏が荼毘(だび)に付された後、その骨灰の中から見つかったキラキラ輝く非常に硬い丸い物体が舎利だといいます。従来、舎利は仏教の珍宝とされ、入寂した高僧が荼毘に付された後にしか現れません。
2023/03/05 椲楢

仏教芸術の宝庫――敦煌莫高窟

「敦煌莫高窟」(とんこう ばっこうくつ)、甘粛省敦煌市内の莫高窟と西千仏洞の総称で、中国の有名な三大石窟の一つです。現存する石窟の中では世界一大きな規模であり、完全に保存された仏教芸術の宝庫といえます。

【佛家物語】目犍連は初心を忘れず、師父を誠心誠意尊敬する

目犍連(もくけんれん)は、釈迦仏の十大弟子に列せられており、修煉過程の中で優れた神通力を持っています。今日は目犍連に関する伝説をお話ししようと思います。釈迦仏は教えを説き伝えているとき、人間の空間にある弟子だけでなく、他の空間において、多くの生命が聞いていました。仏陀が説法している際、声が次元を越えて、一定範囲内の宇宙空間において、全ての生命が聞こえます。
2022/10/26 法輪功学習者

【佛家物語】お釈迦様とその家族(2)シッダールタが見た四つの門

幼い頃からシッダールタ王子は、周りとは異なる考え方を持っていました。王子は農夫に掘られ、鳥につつかれるミミズを見て、生き物の残酷さを嘆き、しばしば、「この世は皆、苦しんでいる」と悩み、考え込んでしまいました。
2022/03/17

【佛家物語】お釈迦様とその家族(1)

今から2500年以上前の古代インド、現在のネパール領土内に、カピラヴァストゥ(カピラ城)という国がありました。王様は釈迦族で、姓はゴータマ、名はシュッドーダナ(純米の意)であるため、浄飯王とも言われました。
2022/03/15

「ベッドを西に向けないで」ちょっと気になる風水の話

寝室は明日への英気を養う大切な場所です。風水学では、寝室の環境がその人の運勢に大きな影響を与えると言われており、これから風水師が挙げた、寝室の運気を上げるために留意すべき4つのポイントをご紹介します
2022/02/18

【佛家物語】釈迦牟尼佛が弟子にしてもらいたかったこと

釈迦牟尼仏の時代に、大愛道という尼僧がいました。 ある時、大愛道は釈迦牟尼仏のところに来て、五體投地(地面にうつ伏せになり礼拝する最高の礼拝手法)をした後、「師尊(直下の弟子の師に対する呼び方)が、私たち弟子や衆生を末永く救済してくださることを願っていますので、師尊の肉体のお体(この世の身体)を大切にして、永遠に生きられますようにお願い申し上げます」と言いました。
2021/10/01

【佛家物語】人を外見で判断してはいけない

釈迦牟尼仏の時代に、とても醜い弟子がいました。修行に励んでいましたが、その容姿が見苦しかったため、他の弟子たちからは、常に軽蔑されていました。ある日この醜い弟子は、仏法を聞くために、釈迦牟尼仏のところに行きました。
2021/09/23

【佛家物語】修行の成就は師父のおかげ

釈迦牟尼佛がいた時代に、目犍連(もくけんれん)と呼ばれる釈迦牟尼佛の弟子がいました。目犍連の身に多くの神通力が現れたため、修行僧の間ではとくに有名でした。しかし、彼は神通力が現れたことを誇りに思わず、修行において現れた様々な神通力を、すべてその師父である釈迦牟尼佛のおかげとしました。
2021/09/05

中国共産党の前で「いい子」を演じるタリバン

中国はかねてアフガニスタンに関心を寄せている。「鉱物資源へのアクセス、(中国の)同盟国であるパキスタンがインドによる包囲回避、そして中国自身に対するイスラム過激派の脅威の削減」が狙いであるという。ケネス・カズマン氏ら研究者は2017年、米連邦議会調査局で発表した論文で指摘している。
2021/08/30

【佛家物語】釈迦牟尼論「4種類の馬」

ある日、釈迦牟尼佛は王都の竹林に座っていた。 鉢巻を捧げに出かけた弟子たちは、一人一人が堂々として心安らかに修道院に戻ってきた。 佛陀は金剛杵を結び、優しく語りかけました
2021/08/17

【佛家物語】仏陀への真の供養

釈迦牟尼仏は、涅槃に近づいた頃、マーラ王国のドゥシャナという街にやってきた。 都会の中の沙羅の森にたどり着いた彼は、それ以上進むことができず、2本の木の間にある森で涅槃に入ることを選んだ。
2021/08/10

幽霊の告白 神々や仏への不信仰と仏への誤った信仰

中国清代の学者紀昀(きいん)が著した文語体短編奇談集「閲微草堂筆記」の中で、雨の夜に幽霊のような囚人に出会った通行人のことが書かれていますが、二人の幽霊の囚人の告白は示唆に富んだものでした。
2021/07/20

道家の聖地 – 武当山(二)

今から2500年前、釈迦牟尼がインドで仏教を広めていたとき、老子と孔子が中国で伝道していました。『史記』によると、孔子は老子に何度も助言を求めていたと記しています。
2021/07/02

孔子が霊験を現わし、信者を守る

中国には、仏教や道教の神々を祀った寺院が数多くあり、他の神々を祀った寺院もたくさんあります。その中には、孔子を祀った「孔子廟」があります。貴州省南部に謇(ジアン)という名の将校がいて、彼の家は孔子廟の隣にあります。何年もの間、謇将校は、食事をするたびに、必ず食事を少し分けて孔子にお供えしていました
2021/06/13

<東西洋神話伝説 自殺の罪2> チベット ミラレパの伝説

生きる苦しみに耐えられず、絶えず自殺する人がいます。人は死んで本当に終わりなのでしょうか?東西洋の伝説や古典では自殺について考え方が同じで、自殺した人は罪を償うために死後も生前の何倍も苦しむと見ています。
2020/05/18

線香をあげるよりも善行が大事

清朝の時代、偉大な慈善家として尊敬を受けた人物がいた。彼の名は向従楷(向世楷)といい、「向仁公」という愛称を持つ。
2020/05/07

中国の名山 五台山

五台山(ごだいさん)は、中国山西省東北部の五台県にある標高3058メートルの山脈で、主に五つの峰から構成される。総面積は2837平方キロメートルに達し、山頂は平坦に広がる。まるで人工的に建造された土台のような形をしていることから、五台山という名前が付けられた。
2020/04/15

死後80年経っても滅びない肉体 ロシアの僧侶

仏教の世界には、厳しい修行を積み、自分をミイラ化する「即身仏」が存在する。死後数十年、あるいは数百年経っているのに身体が滅びず、生き仏として人々から祀られている。特殊な加工をしていないにもかかわらず、身体が滅びないのはなぜか。科学者たちがある僧侶の即身仏を分析した。
2020/03/28