お釈迦様とその家族(2)シッダールタが見た四つの門

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幼い頃からシッダールタ王子は、周りとは異なる考え方を持っていました。王子は農夫に掘られ、鳥につつかれるミミズを見て、生き物の残酷さを嘆き、しばしば、「この世は皆、苦しんでいる」と悩み、考え込んでしまいました。

7歳のとき、王子はバラモン教の正式な教育を受け始め、王族に求められるあらゆる技術や規律を学び、12歳の時には、当時の最高レベルの学問を習得し、加えて武術も学び、乗馬、弓術、剣術の達人になり、他の王子と競っても負け知らずでした。

16歳の時、王子はインドで最も美しい女性、ヤソーダラーと結婚しました。浄飯王は他にも2人の妻を与え、3千人ものメイドを選び、彼女たちは昼も夜も彼に仕え、王子の歓心を買うために常に美しい音楽を奏で、踊り続けました。

その上、淨飯王は、王子が世の中の苦しみに嫌気がさし、出家してしまうのではないかと心配し、豪華な「三時殿(三種の宮殿)」(中央インドでは1年を3つの季節に分けていた)を建てました。 

宮殿の外には三重の囲いが作られ、それぞれに開閉のための仕掛けが施された鉄の門がありました。この門を押すには500人を必要とし、押すたびに轟然とした音が鳴り、その音は二十里ほど離れた場所からでも聞こえるほどでした。

鉄の門の外では厳重な警備体制を敷き、屈強な男が守衛に当たり、王子が逃げ出して出家しないようにしていました。王子が宮中から遠く離れることは許されなかったのです。

「中阿含経」によると、王子は修行を終えた後、少年時代の生活を思い起こし、弟子たちに、「順番に3つの宮殿に移り、昼夜を問わず、塵や暑さ、寒さ、露のない、贅沢な王室の生活を送っていた」と話していました。

このような父の監視のもと、王子は世界で最も極上の娯楽を堪能しました。王子は十年間も城を出ないままでした。ある時、王子は散歩に出かけようと考えました。

それを聞いた淨飯王は、王子が出家するのを防ぐために、人間界の苦悩を見ないように、部下を遣わして、道の上の汚れたゴミを片付けさせ、老いた者、病気の者、死んだ者、目や耳などが不自由な者を皆追放し、王子に見させないようにしました。

準備が整ったところでようやく淨飯王は、豪華な車に王子を載せ、北と南東の城門を回るよう車夫に命じました。

その時、ある天神が、王子が快楽に貪欲になり、自分を見失ってしまうことを心配し、けがれた現象を王子に見させ、早く欲望を捨てて出家させようとしました。

東門から出ると王子はすぐ、天神が化けた、髪の毛が抜け、歯もあちこちが抜け、腰が曲がり、竹の杖を手に持ち、歩くのも困難な老人を見ました。そして南門についたとき、同じく天神が化けた、糞尿の中に横たわり、病苦で息も絶え絶えな人を見ました。西門についた時は、天神は死者に化けて、その死者の家族が屍の周りで慟哭しているのを見ました。

これを見た王子は悲しみに打ちひしがれ、「王子といえども、まだ少年といえども、生老病死の苦からは免れられないのだ」と考えました。

ようやく北門にたどり着いた王子は、天神が化けた心安らかな修行者の姿を目にし、その自在な立ち居振る舞いに深い感動を覚えました。 

王子は彼に「人はどうしたら年を取らず、病気にならず、死なないのか?」と尋ねました。修行者は、この世のものはすべて無常であり、解脱するには情を捨てて出家するしかないと王子に告げました。それを聞いた王子は、出家をしようと考えました。

王子は父親に出家の許可を求めました。しかし淨飯王は大いに泣き、王子の願いを拒否しました。そこで王子は、父が4つの願いを叶えてくれたら、もう僧侶になろうとは思わないと申し入れました。

1つは年を取らないこと、2つは病気にならないこと、3つは死なないこと、4つはすべてのものが損なわれず、失われないこと、でした。 

これを聞き、淨飯王は王子の意志は曲げられないことを知り、さらに心配になりました。

しかし紀元前595年、シッダールタ王子の妻が男の子を授かりました。その時、王子は29歳で、庭で深く考え込んでいました。

出家をする決意を固めていた王子にとって、息子の誕生は新たな心の負担となりました。王子は 「障害が生まれた!」とため息をつき、幼い王子は障害を意味する「ラーフラ」という名前を授かりました。

(続く)

(翻訳者・微宇)