今まで、気候変動に熱心な活動家たちは何も解決しない高価なアイディアしか出さなかった。それらのエネルギー源は、貧困層や中流階級の人々の家計を破綻させる。原発を提案したら、教会の晩餐会に悪魔が入り込むように見なされる。 (Photo by EMMANUEL DUNAND/AFP via Getty Images)

気候変動への恐怖を煽る声を無視しよう

あなたが私と同じなら、アクセスするすべてのウェブサイトで、あらゆる種類の気候変動に関する記事で溢れかえっていることだろう。

米国は安価なエネルギーなしに前進して生活水準を高めたことはなかった。米国は石炭や多くの森林を持っている。アメリカ大陸で石油を発見したことで、米国は今日の国になるための勢いをつけた。現在も、社会を前進させるためには、石油や天然ガス、その他すべての化石燃料が必要である。しかし、私たちは他のこともできる。

今まで、気候変動に熱心な活動家たちは何も解決しない高価なアイディアしか出さなかった。

私がこのような人々にまず聞きたいことは、どのようなデータがあなたの考えを変えるのか。気候変動が全て科学に基づいているのであれば、データの変化は結論を変えるはずだ。しかし、誰の考えも変えるデータセットは存在しない。気候変動理論が気候の問題ではなく、他の何かの問題だと分かるだろう。気候はカルトになってしまった。

次の質問は、たとえ気温が高くなったとしても、私たちにとって有害なのか? 多くの場合、気温が高くなるとより多くの作物を育てることができるだろう。それは有益かもしれない。また、気温が低いよりも、暖かいほうが対処しやすい。フェニックスの115度は確かに楽しくはないが、風の寒さでマイナス 50 度になるミネソタ州北部のマイナス 15 度と比較して、両方試してみたら、どう思うか考えてほしい。

気温の変化は、正規分布の曲線から外れているのか?我々が目にしているものはほとんど統計的に無意味かもしれない。物理的な世界が存在してからの時間と、我々がどれだけの期間記録を保持してきたか、ましてや正確な記録を保持してきたかを考えると、特にその通りだ。

我々は皆、天気を見るときには過去のバイアスを使う傾向がある。暑かったら、半年前や6年前がどうであれ、いつも暑かったと思いがちだ。ハリケーン、竜巻、寒波についても同じことが言える。1990年代には、熱波が多くの人々の命を奪った。そして1970年代に、我々は次の氷河期を心配していた。

3つ目の質問は、もし何かあるとすれば、我々は何をすればいいのかということ。答えは常にエネルギー需要に焦点を当てている。ほとんどすべての解決策は、節約を意味する。夏はサーモスタットを上げ、冬は下げる。運転を減らし、制限する。エネルギーの供給を増やすと言えば、いつも太陽光か風力だ。その上、それらのエネルギー源は非常に高価であり、貧困層や中流階級の人々の家計を破綻させるだろう。原発を提案したら、教会の晩餐会に悪魔が入り込むように見なされる。

気候に関する議論への答えは次の通りだ。

我々は、可能な限り安価で環境に優しいエネルギー源で、オンデマンドの情報経済に電力を供給しなければならない。どうすればいいのか?原子力は、私たちの生活のための電力を供給するソリューションの中心にならなければならない。太陽光発電のような代替エネルギー源を使う場合は、的を絞った小規模な分散型の用途に使うべきだ。我々は規制や管理強化をせず、より多くの豊かさを創造することで気候変動に対処するのだ。

 

この記事で述べられている見解は、著者の意見であり、必ずしもエポックタイムズの見解を反映するものではありません。

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私は経済記者として1990年代後半から日本経済、そしてさまざまな産業を見てきた。中でもエネルギー産業の持つ力の巨大さ、社会全体に影響を与える存在感の大きさが印象に残り、働く人の真面目さに好感を持った。特にその中の電力産業に関心を持った。