【寄稿】日本のエネルギー政策、今が建て直し絶好の機会ー安全保障で見直しを

2024/05/07
更新: 2024/05/07

エネルギー産業の混乱を憂う

私は経済記者として1990年代後半から日本経済、そしてさまざまな産業を見てきた。中でもエネルギー産業の持つ力の巨大さ、社会全体に影響を与える存在感の大きさが印象に残り、働く人の真面目さに好感を持った。特にその中の電力産業に関心を持った。

また、東日本大震災とそれによる東京電力福島第一原発事故、さらにその際の大規模停電と被災地のその後も取材した。1985年に大事故を起こしたウクライナのチョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所にも行った。エネルギー産業の活動には、大変な危険が伴うことも認識した。こうした思い入れを持ちながら、エネルギー問題の報道をしてきた。

ところがそうしたエネルギー産業、特に電力業界で、政策の迷走が10年以上続いている。福島原発事故の後に、「原子力は悪」というイデオロギーや、原子力への反感という感情が、エネルギー問題を語る際に持ち込まれてしまった。それが影響して、さまざまな問題が起きている。その結果、ここ数年は停電危機など電力の安定供給は危うい状況になり、電力会社の収益は不安定になった。そして電力料金は上昇し、私たちの生活は苦しくなり、製造業に悪影響が出ている。今の結果を見ると、直近のエネルギー政策は失敗だったと評価せざるを得ないだろう。

今年は新たな第7次エネルギー基本計画が作成される予定だ。同計画は、政府とエネルギー産業の進むべき目標を示すもので3年ごとの改訂が行われる。国の計画は、ただの作文で意味がないという人がいるかもしれない。確かにそのようなことはあるが、この計画の場合は策定までに関係者の間で議論が起こり、産業界の行動にも影響を与える。

特に、今回はエネルギー問題の方針転換を民間主導の議論で、行える可能性がある。改訂計画を、官僚特有の曖昧な文言を連ねた作文にしてはいけない。

「環境」「安全性」に傾いたこれまでの計画

現行の第6次エネルギー基本計画は2021年10月に菅義偉首相の下で閣議決定された。第5次計画より再エネ一辺倒ではなかったが、福島原発事故の反省から「安全性」がいかなる事情よりも最優先すべき大前提であると強調した。その上で菅政権が前年に示した「50年カーボンニュートラル」、2030年度の温室効果ガス排出削減目標として13年度から46%削減とする目標を掲げている。しかし、その後3年で日本を取り巻く国際情勢は大きく様変わりした。

2022年2月からのウクライナ戦争、2023年10月のイスラエルでのテロと、その後の紛争など、国際情勢が混乱している。この諸紛争の当事者に産油国が多く、国際エネルギー情勢が不透明になっている。さらに台湾を巡って、中国が威嚇を強めている。台湾周辺海域は、日本への中東やインドネシアからの原油やLNGの運搬ルートだ。中国が台湾に戦争を仕掛ければ、日本へのエネルギー供給は止まってしまう。そして米国は、脱炭素によるコストを批判し続けたトランプ前大統領が今年秋の大統領選挙で、再び選ばれそうだ。

日本も加わる自由陣営と、中国やロシアの新冷戦とも言われる状況が始まった。今となっては全世界が共に行う国際協力など、もはや有り得ない。気候変動「問題」は、もう消滅するかもしれない。

エネルギー問題では配慮するべきこととして「3E +S」という言葉が使われる。「エネルギー安全保障(安定供給、持続可能性など)」「経済性」「環境」「安全性」の英語の頭文字を並べた言葉で、これらの論点を同時に検討しなければならないという考えを示したものだ。正しい考えだが国際情勢の急変によって、「エネルギー安全保障」という論点が、世界各国で中心的な問題になっている。

基本計画の見直しを契機に、エネルギー政策の正常化を

ここまで状況が変わった以上、日本はエネルギー基本計画の改訂を機に、政策の大幅な見直しをしてほしい。そして政府、エネルギー産業界、消費者も、それぞれ関係する範囲で、これまでの対応を考え直すべき時だ。

エネルギー産業、関連産業への配慮も必要だ。岸田政権が22年末に打ち出した、GX政策(GX:グリーントランスフォーメーション)では、「日本がGX移行の世界の拠点となって、自らが成長する」というという問題意識が示された。この方針は正しいが、エネルギーの足枷がある。アジア・太平洋地域で、日本は産業用の電力が、福島原発事故以降、突出して高い。産業を支えるためには、安い電力が必要になる。

また、これまでのエネルギー政策は「原発は悪、再エネは善」というおかしな価値判断が、反映したように思う。エネルギーは、イデオロギーや、一つの考えにとらわれず、前述の「3E+S」の論点を検証し、柔軟に環境に応じて政策やエネルギー源を変えていくべきだろう。

私はただの記者に過ぎないが、こうした状況を見れば、新しいエネルギー基本計画で考えるべき点は、誰でも似た考えにたどりつくと思う。特に重要な点を列挙してみよう。

第一に「エネルギー安全保障」を重視することだ。最近のエネルギーをめぐる議論では、政策でも民間のサービスでも、環境と再エネ活用の野心的な目標にばかり焦点が当たりがちだった。もちろんそれらは大切だが、前述のように、日本のエネルギー安全保障の脆弱性が問題になっている以上、そこを最重要論点として考える必要がある。気候変動問題、脱炭素も、これまでほど力をいれる必要はないだろう。

第二に、コストを重視しなければならない。今、国民はインフレに加えて、エネルギー価格の上昇に苦しんでいる。東日本大震災前の2010年には、産業用電力料金(特別高圧)は1kW時当たり14円(24年4月現在は東京電力管内で24.9円)、家庭用電気料金同21円(同29.9円)だった。その付近まで、エネルギー価格を抑制する必要がある。

第三に、原子力を再評価するべきだ。原子力は巨大な電気を生み出せるため、安定供給、そして価格抑制に役立つ。福島事故の後に、過剰規制による再稼働の遅れが、今でも続いている。上記GX政策では、原子力の活用が示された。そこからもう一歩踏み込んで、その活用のために早期再稼働をする方策を示してほしい。

エネルギー産業がしっかりすることは、日本経済が復活するための大前提だ。社会全体で議論を盛り上げることが、より良いエネルギーシステムづくりに役立つと信じたい。

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私は、大紀元で1年半連載させていただいた。今回でその連載を終えることになった。今回、やや大きなテーマを語ったのは、そのためだ。

大紀元編集部の皆様への感謝、そして読者の皆様に感謝したい。読者の皆様の励まし、感想はうれしく、大変参考になった。今度もこのサイトに機会あれば読んでいただけるそうなので、また双方向のやり取りを楽しみたい。ありがとうございました。

経済ジャーナリスト石井孝明様の連載は惜しくも本稿で最後となります。誰しもが直言を憚る複雑な課題にも筆を走らせ、情熱的なジャーナリズムを弊紙においてご披露いただきましたことに深謝申し上げます。

読者の皆様におかれましては、1年半に渡りご愛読いただき、ありがとうございました。これまでの石井様の記事は一覧で引き続きお読みいただけます。               

編集部担当

ジャーナリスト。経済・環境問題を中心に執筆活動を行う。時事通信社、経済誌副編集長、アゴラ研究所のGEPR(グローバル・エナジー・ポリシー・リサーチ)の運営などを経て、ジャーナリストとして活動。経済情報サイト「with ENERGY」を運営。著書に「京都議定書は実現できるのか」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。記者と雑誌経営の経験から、企業の広報・コンサルティング、講演活動も行う。
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