腸内のウイルスが食欲を左右する?

一部の研究者によると、特定の人の腸内に潜むウイルスが脳内の神経伝達物質に影響を与え、ジャンクフードを食べたときにセロトニンやドーパミン(いわゆる「幸せホルモン」)が通常より多く分泌される可能性があるそうです。つまり、このウイルスに感染していると、自分の意思とは関係なく、ポテトチップスのファミリーパックをやめられなくなるのかもしれません。

この新たに明らかになった「腸と脳のつながり」は、食べ物への依存の一因を説明できる可能性があります。ただし、「食物依存症」という概念自体はまだ議論の的となっており、専門家の間でも意見が分かれています。今回の研究結果は、科学誌「Nature Metabolism」に発表されており、人間の腸内細菌を移植された動物を使った実験に基づいています。しかし、このウイルスが具体的にどのように食欲に影響を与えるのかは、まだ解明されておらず、さらなる研究が必要とされています。

それでも、このウイルスの発見によって、ジャンクフードの過剰摂取を防ぐための検査や治療法の開発が進む可能性があります。慢性疾患との関連が指摘されている超加工食品は、アメリカ人の1日の総摂取カロリーの半分以上を占めており、多くの製品には砂糖や合成添加物など、健康に悪影響を及ぼす可能性のある成分が含まれています。

専門家によると、この発見がきっかけとなり、患者自身が食生活を見直したり、超加工食品を減らしたり、食物依存症の治療プログラムを試したりする動機づけになるかもしれません。また、医師の間でも「食物依存症」をより深刻な問題として認識する流れが生まれる可能性があります。

「食べ物への依存」を引き起こすウイルス?

この研究の著者らは、食べ物への依存に関わる可能性のある腸内の細菌やウイルスを調べる中で、あるウイルスを発見しました。3つの独立したグループの腸内細菌や代謝物を分析したところ、特に目立ったのがマイクロウイルス科(Microviridae)に属するバクテリオファージだったそうです。

バクテリオファージ(ファージ)とは、細菌に感染するウイルスのことで、人間の細胞には直接影響を与えません。この研究を主導したジョルディ・マイネリス=ペルシャックス氏によると、食べ物への依存と関係があると考えられる特定のファージは「ゴクシュウウイルス(Gokushovirus)」と呼ばれるものだそうです。

ゴクシュウウイルスはマイクロウイルス科の一種であり、肥満やウエストが太くなることと関連があることが分かりました。また、研究で用いられる指標「イェール食物依存症スケール(Yale Food Addiction Scale)」のスコアが高い人ほど、このウイルスを多く持っている傾向があったそうです。このスケールでは、スコアが高いほど肥満や過食のリスクが高まることが示されています。

食物依存症を見極めるには?

「イェール食物依存症スケール」は、正式な診断基準としては認められていませんが、一部の医師や食物依存症の治療プログラムでは、加工食品が依存症のような反応を引き起こしているかどうかを判断する際に使われています。食物依存症の主な特徴には、次のようなものがあります。

  • 食欲をコントロールできず、つい食べ過ぎてしまう
  • やめたいと思っているのに、どうしても食べてしまう
  • 何度もやめようとするが、成功しない
  • 食べてしまったことで罪悪感やストレスを感じる
  • 食べるのをやめると、イライラや集中力の低下、頭痛などの禁断症状が出る

研究者たちは、新たに約1千人を対象とした調査を実施しました。その結果、Microviridaeファージの一種が、食物依存の特徴である「自制心の欠如」と関連していることが明らかになりました。さらに、このグループの人々は、チロシンやトリプトファンといったアミノ酸の血中濃度が高いことも分かりました。これらはドーパミンやセロトニンの材料となる物質で、依存症に関与すると考えられている神経伝達物質です。

アメリカ国立薬物乱用研究所(NIDA)によると、神経伝達物質は「快楽を伴う行動を繰り返すように脳に信号を送る役割」を持っています。依存症になると、神経伝達物質の分泌が通常よりも大幅に増え、その結果、脳の報酬系が鈍感になり、より強い刺激(例えば、もっと多くの食べ物や濃い味)を求めるようになるとされています。

しかし、研究を主導したマイネリス=ペルシャックス氏は、「Microviridaeファージが食物依存を引き起こしているのか、それとも食物依存の結果として腸内で増えているのかは、まだはっきりしていません」と指摘しています。

現在わかっているのは、特定の腸内細菌やウイルスの組み合わせが食物依存と関係しているということです。ゴクショウウイルスは、超加工食品の影響を抑える働きを持つ有益な腸内細菌を弱らせる可能性があります。

「私たちは、このバクテリオファージがセロトニンやドーパミンの働きに影響を与えていることを確認しました。しかし、それが直接の原因なのか、それとも他の細菌を通じて間接的に作用しているのかは、まだわかっていません」と同氏は説明しています。「この疑問を解明することが、今後の研究の大きな課題です」

 

さらに深掘り:動物実験で見えた因果関係

研究者たちは、このウイルスが本当に食物依存を引き起こすのかを確認するため、動物実験を行いました。具体的には、人間の腸内細菌をマウスに移植する実験を実施し、その際にゴクショウウイルスを含む腸内細菌を持つグループと、ウイルスを含まない腸内細菌を持つグループに分けました。

「注目すべき点は、ゴクショウウイルスを含む腸内細菌を移植されたマウスが、食物依存に関連する行動を示したことです。例えば、チョコレートのエサを手に入れるために強く執着したり、ご褒美を求める行動をやめられなくなったりしました」と、マイネリス=ペルシャックス氏は説明しています。「さらに、ウイルスのみを移植する実験も行いましたが、結果は同じでした」

研究チームは、ゴクショウウイルスの量が多い人ほど、トリプトファン由来の化合物である「アントラニル酸」の血中濃度が低いことにも注目しました。そこで、マウスの食事にアントラニル酸を補給し、それが食物依存の行動に影響を与えるかどうかを調べました。

すると、アントラニル酸を摂取したマウスは衝動的に食べることが減り、チョコレートのエサへの興味が薄れるという結果が得られました。

「アントラニル酸を摂ればジャンクフードを食べ過ぎなくなるのでは?」と期待する人がいるかもしれませんが、現時点では慎重に考えたほうがよさそうです。人間にどのような効果があるのかはまだわかっておらず、市販のサプリメントとしてもほとんど流通していません。ただし、食物依存の治療に活用できる可能性を示す研究結果が出始めています。

実際、アントラニル酸は抗アレルギー薬「トラニラスト」の成分であり、日本や韓国では喘息の治療薬として承認されています。また、「Journal of Lipid Research(脂質研究ジャーナル)」に最近発表された研究では、トラニラストが非アルコール性脂肪肝、肥満、2型糖尿病といった代謝性疾患の治療に有効である可能性が示唆されています。

 

ウイルスを使った新しい治療法の可能性

研究者たちは、腸内細菌を含む代謝疾患に関連する細菌をターゲットにするために、バクテリオファージ(ファージ)と呼ばれるウイルスの活用を検討しています。しかし、現在の課題は、これらの細菌を攻撃するウイルスについて、まだ詳しくわかっていないことが多いという点です。実際、腸内にいるウイルスの約90%は、その正体がほとんど解明されていません。

ファージは特定の細菌に感染し、それを破壊する性質を持ちます。これは、人に感染するウイルスが細胞に侵入して増殖するのと似た仕組みです。もし標的となる細菌が有害なものであれば、ファージの働きによって健康に良い影響をもたらす可能性があります。

現在、消化器系の病気に対するファージ療法の臨床試験はまだ初期段階です。例えば、ある研究では、下痢の原因となる大腸菌(E. coli)を抑えるために、4種類のウイルスを組み合わせた治療が試されました。その結果、この治療法は安全であり、炎症を抑え、腸内の病原菌の数を減らす効果が確認されました。

「ファージは、腸内の有害な細菌に対する有望な治療法になり得る」と、学術誌「Microorganisms」に掲載されたレビュー論文でも指摘されています。特に、腸内でバクテリアとバランスをとるファージ(ウイルス群)を特定できれば、新しい治療法につながる可能性があります。

ただし、ファージ療法が人体にどのような影響を及ぼすのか、その全体像はまだ分かっていません。特に、広範な影響や予期せぬ副作用については、今後の研究が必要とされています。

現在のところ、ファージ療法はアメリカ食品医薬品局(FDA)の新薬規制のもと、緊急時に限り治療として使用が許可されています。今後の研究が進めば、腸内疾患や代謝性疾患の新たな治療法として実用化される可能性もあるでしょう。

 

「食物依存症」を医学的に捉えるべきか?

まだ未解明の部分が多いものの、この研究はすでに医療の現場で重要な意味を持つと、研究者であり教育者でもあるニック・ノーウィッツ氏は指摘しています。

ハーバード・メディカル・スクールの学生であり、代謝に関する博士号を持つノーウィッツ氏は、この研究結果を自身のYouTubeチャンネルやSubstack(ニュースレター配信サービス)で紹介しました。また、この動画はオンライン医療教育プログラムにも初めて採用される予定だということです。

「食物依存症が実際に存在する問題だと認識する人が増えています。依存症の特徴に当てはまるケースも多く、場合によってはそれ以上に深刻な状態になっていることもあります。そして、特に重要なのは、患者と医師の双方が『医学的な問題』として捉え始めていることです」と、ノーウィッツ氏はエポックタイムズにのインタビューで語りました。「食物依存症という問題を認めることで、患者自身が適切な対策をとるきっかけになるのです」

もちろん、すべての問題を医学的な病気として扱うべきかどうかには議論の余地があります。しかし、ノーウィッツ氏は「食物依存症の生物学的な仕組みが解明されつつある今、この問題を真剣に考える理由は十分にある」と主張しています。たとえ現時点でゴクショウウイルスに対する具体的な治療法がないとしても、研究が進めば有効なアプローチが見つかるかもしれません。

今回の研究は、食物依存症が単なる「意志の弱さ」や「精神的な問題」ではなく、生物学的な背景を持つ可能性があることを示しています。

「これは患者にとって非常に励みになる発見です。今すぐ治療につなげることは難しくても、この問題には科学的な仕組みが関わっていると理解するだけでも意味があります」とノーウィッツ氏は語ります。「医学界としても、この仕組みを解明し、より良い治療法を提供する責任があります。まだすべての答えが出ていなくても、研究を続けることが重要なのです」

 

患者にどう伝えるべきか?

食べ過ぎや食物依存には、生物学的な原因がある可能性があります。このことを、医師は患者に対して思いやりを持って説明すべきなのでしょうか。

「Addiction Reset Community(依存リセット・コミュニティ)」の創設者であり、依存性栄養学の博士号を持つジョーン・アイフランド氏は、「それは、食物依存に苦しむ患者が医療現場で直面する状況を改善する一助になるはずです」と考えています。

「医療機関での対応が原因で、心に傷を負っている患者は少なくありません」とアイフランド氏はエポックタイムズのインタビューで語ります。「単に『意志が弱い』と言われたり、体重を減らすために手術を勧められたりすることが一般的ですが、これらは食物依存の根本的な解決にはなりません」

「Nutrients」誌に掲載された小規模な研究では、胃の縮小手術を受けた後でも、ミルクシェイクを飲んだ際のドーパミン分泌量に変化がなかったことが報告されています。つまり、手術によって胃の大きさが変わっても、「おいしいものを食べたい」という欲求そのものは減らない可能性があるのです。

さらに、加工食品を食べ過ぎた結果、健康に悪影響が出るだけでなく、「自分はダメな人間だ」と思い込んでしまい、社会から孤立する人もいます。

「患者さんは、誤った情報の洪水の中で苦しんでいます」とアイフランド氏は語ります。「彼らは失敗したわけではありません。無能でも、バカでも、意志が弱いわけでもないのです」

「誰しも、医療がまだ解決できていない問題を抱えているものです」と、前述のノーウィッツ氏も指摘します。しかし、それは悲観すべきことではなく、「むしろ、医師と患者の間に共感を生み出すきっかけになる」と考えています。

ノーウィッツ氏は、「患者は薬や正しい知識を得ることで、自分をコントロールする力を持つことができます」と述べます。そして、医師はもっと積極的に食物依存の問題について患者と話し合うべきだと主張します。

「科学や医療に関心を持つ人々、そして医療従事者として、私たちはこう言えるはずです。『あなたは今、何かに苦しんでいます。でも、それにはちゃんとした病名があるのです。そして、私たちはそれを理解しようと努力しています』と」

とはいえ、医師が最新の研究をすべて把握できているとは限りません。インターネットで誰でも最新の研究を見られるようになった今、患者が自分で得た情報を持ち込み、医師よりも詳しく知っているケースもあります。

しかし、研究の知見が実際の医療に活かされるまでにはどうしても時間がかかります。これは、「研究成果が実際の治療に反映されるまでの時間差」によるものです。

現在、医学研究の数は膨大で、「すべての論文をチェックするのは不可能です」とノーウィッツ氏は言います。「医学の最新知識を常に更新し続けるのは、まるで消防ホースから水を飲むようなものです」

さらに、「患者の知識が医師を上回ることさえあります」とも指摘します。「正直なところ、医師は日々の診療に追われており、話題の研究を詳しく調べる時間がないのです。決して怠けているわけではなく、目の前の患者の治療に全力を注いでいるからです」

食物依存を「病気」として認識することは、患者が自分を責めるのを防ぎ、適切な治療を受けるための第一歩となります。しかし、その概念が医療現場に広がるには、まだ時間がかかるかもしれません。

ノーウィッツ氏やアイフランド氏のような専門家が発信を続けることで、医療者と患者の間に共感と理解が生まれ、食物依存に対する新たなアプローチが確立されていくことが期待されます。
 

(翻訳編集 華山律)

イリノイ大学スプリングフィールド校で広報報道の修士号を取得。調査報道と健康報道でいくつかの賞を受賞。現在は大紀元の記者として主にマイクロバイオーム、新しい治療法、統合的な健康についてレポート。