初春のねぎま鍋 陽気をのびやかに整える食養生

初春になると、はっきりした病気ではないものの、どこか調子が出ないと感じる人が少なくありません。夜は眠りが浅く、朝はすっきり起きられない。頭が重くぼんやりし、鼻や喉がむずがゆい。食欲が落ち、気持ちも落ち着かない。少し風に当たっただけで、体が冷えやすくなることもあります。

原因の多くは外からの邪気というより、冬のあいだに「養い蓄える力」が足りなかったことにあります。腎のうるおいが十分でないと、春の陽気が来ても体の中でうまく立ち上がれません。さらに肝の血が不足していると、陽気が上にのぼる途中で空回りして「ほてり」のような熱になり、頭や顔まわりに現れて不調として感じやすくなります。

この時期に、こってりと補いすぎると「のぼせ」やすく、反対に冷やすものばかりだとだるさが増しがちです。むしろ、ねぎとまぐろのシンプルな鍋のほうが、強い補い・強い清めよりも体に合うことが多いのです。

立春を過ぎたばかりの天地の陽気は、まだ「上がりきらない手前」にあります。流れに沿ってそっと支えれば、陽気は自然にのびていきますが、強く押し上げれば熱に傾きやすく、押さえ込みすぎれば詰まって伸びにくくなります。
 

初春の食養生:「陽気がのびる道」をつくること

立春を過ぎると、季節は「木の気」が主役となり、陽気は内にしまい込まれていた状態から、少しずつ外へ向かって動き始めます。草木が土を押し上げて芽を出すように、万物が活動を再開し、動き出す季節です。人の体の中でも、これに呼応して肝の気が動き出し、上へ向かおうとします。

ところが、冬のあいだに腎が冷え、養いが足りなかった場合、この時期に「なんとなくの不調」が出やすくなります。病気というほどではないけれど、気の巡りがまだスムーズではなく、陽気は上がりたいのに通り道ができていない、そんな状態です。

肝は「木」に属し、のびやかに広げ、巡らせる働きを担います。この時期の調え方が辛熱に偏りすぎると、火を助長して陽気が上にのぼりやすくなり、反対に寒涼に傾きすぎると、生まれたばかりの陽気を抑え込んでしまい、だるさや無力感につながります。

本当に合う初春の食事とは、強く補うことでも、強く冷ますことでもありません。そっと支え、静かに潤す -陽気が自然にのびる道をつくりつつ、乾いて熱に変わらないように根を養う。立春前後は、そんな食養生が要になります。
 

ねぎで通し、まぐろで養う

まぐろとねぎを一緒に煮る——いかにも家庭的ですが、春先の「陽気をのびやかにしつつ、土台も守る」という気の理屈に合っています。

ねぎは辛味で性質は温。陽気の通りをよくし、外からの冷えを追い払う方向に働くため、冬に残った“詰まり”をそっとほどいてくれます。春風が氷をゆるめるように、体のこわばりが少しずつ開き、陽気が伸びやすくなる——そんなイメージです。『本草綱目』にも「葱(ねぎ)は辛温、通陽して発散する」と記されています。香りは軽やかで、上へ届きやすい一方、刺激的にソフト。だからこそ、立春のころの「陽気がのびたいのに、まだのび切らない」時季にぴったり合います。

ねぎま鍋は江戸時代から親しまれるマグロのトロと長ネギを使った東京の郷土料理(Shutterstock)

マグロは、甘みとほのかな塩味をあわせ持ち、性質はおだやかで、やや温寄りとされます。中医学では、甘味は脾に入り、塩味は腎に通じるため、気血を養い、精を補って、筋や骨を充実させるのに長ける、という捉え方をします。『本草綱目』でも魚類は概して「甘温で気を益し、虚を補い、血を養う」性質があるとされ、陽気が生まれ始める時季に、体の内側に“潤いの土台”と“支え”を添えてくれます。

ねぎで陽気の通り道をひらき、めぐりを上へと促しつつ、マグロで内側を養う。すると、陽気は浮き上がりすぎず、乾いた熱(燥火)にも傾きにくくなります。肝の気はのびやかに動き、同時に腎の水分・うるおい(腎水)は損なわれず、温かくしっとり保たれる――そんな組み合わせです。

これは、食べたその場で効かせる「即効の補い」ではありません。まだ病に傾く前の段階で、体のズレを小さく整え、少しずつ調和と穏やかさに戻していく食べ方です。『黄帝内経』がいう「上工は未病を治す(名医は病になる前に整える)」の通り、食養生は、乱れてから正すより、乱れる前に整えておくことが要になります。
 

歳運が揺れやすい年ほど、ねぎま鍋が生きる

もし丙午の年にあたると、水と火の気がせめぎ合い、気候の波が大きくなりやすいとされます。体の側でも、上は熱っぽいのに下は冷える、胸や呼吸はむずむず落ち着かないのに、脾胃や腎は湿に引っ張られる――そんな偏りが出やすくなります。口や喉は乾いて気持ちはそわそわするのに、手足は冷えがち。気分は上ずるのに、体力はついてこない。そういう「ちぐはぐ」を感じやすい時です。

この時に、冷やして下げることだけをすると脾胃を弱らせやすく、反対に急に温めて補おうとすると、熱をあおってしまう心配があります。そこで、ねぎま鍋の出番です。温めるけれど乾かしすぎない、うるおすけれど冷やしすぎない―その“中ほど”の性質を借りて、春ののびる流れに沿いながら、腎のうるおい(腎水)が保たれる余地も残す。だからこそ、変化の大きい年ほど、揺れの中でバランスを守りやすくなる、という考え方です。
 

レシピ:ねぎま鍋

材料(2人分)

・厚切りのまぐろ 250g(スズキなども可)
・絹ごし豆腐 1丁
・長ねぎ 2本
・しょうが 3枚
・だし 600ml(清湯または昆布だし)
・しょうゆ、米酒(または料理酒)少量(味つけ用)

作り方

  1. まぐろは大きめに切り、熱湯にさっとくぐらせて臭みを取る。豆腐は角切りにする。
     
  2. 長ねぎは食べやすい長さに切り、白い部分と青い部分を分けておく。
     
  3. だしを沸かし、しょうがとねぎの白い部分を入れて弱火で少し煮て香りを移す。
     
  4. 魚と豆腐を加え、中火で3〜5分ほど短く煮る。
     
  5. 仕上げにねぎの青い部分と、しょうゆ・米酒を少量加えて味を整える。

ポイント

  • 魚は煮すぎない:甘みと“うるおい”の性質を損ねず、体の内側の支えを残すため。
     
  • ねぎは入れる順番を分ける:ねぎ白は温めて巡らせる働きを先に立て、ねぎ青は香りを穏やかに添えて、辛さが強く出すぎないようにする。

食べ方のヒント

  • 週に1〜2回で十分です。頻繁にする必要はありません。
     
  • 体質に合わせて、具材の量や比率は調整してください。
     
  • かぜで高熱がある時、のどが腫れて痛い時は控えめに。
     
  • 脾胃が冷えやすい人は、しいたけ数枚と長芋薄切りを一緒に煮ると、温めつつ負担をかけにくい方向に寄せられます。
     
  • 食べるなら午後〜夕食の早めがおすすめ。夜遅い時間は避けたほうが無難です(陽気が立って寝つきにくくなることがあります)。