電子機器の画面から遠ざかることが 最良の教育である

[オピニオン]

私の友人に、小学4年生を担当する教師がいます。ある日、彼は言葉に詰まりながら、まるで自分自身もこの状況を招いた一人であるかのような表情で、私に話しかけてきました。その横では子どもたちが私たちの脇を駆け抜け、列を作ってエア遊具で遊び、誕生日ケーキを食べに向かっていました。

「クロームブックが教育を壊しているんです」

彼は諦めにも似た口調でそう言いました。

15年以上にわたる小学校教師としての経験の中で、彼は多くのことを学んできました。触覚を使った教育が子どもたちの学びにいかに大きな効果をもたらすか、その現場を長年にわたって見続けてきました。そして近年、スクリーン中心の教育へと移り変わっていく様子も目の当たりにしてきました。

私は彼の内なる葛藤を感じ取りました。彼は今ようやく世界中が気づき始めている問題について説明していたのです。教室での電子スクリーンの過剰使用が、子どもたちの学び方そのものを変えてしまっています。それは子どもたちが本来持っている創造力を奪い、注意力を散漫にさせています。その一方で、学校はますます電子スクリーンに依存するようになっています。

新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な感染拡大以降、デジタル化の波はアメリカ各地の教室を席巻しました。本は画面上で読まれ、作文はキーボードで書かれ、試験はアルゴリズムを用いた適応型診断システムによって行われています。

かつては授業を補助するための道具だったデジタル教育は、今や教室における主要な教育手段へと変わりつつあります。そして、その代償を払っているのは生徒たちです。

私は、現実世界との物理的な関わりは、私たちが思っている以上に重要だと考えています。だからこそ、脳の発達が完成した大人たちでさえ、電子スクリーンの過剰使用がもたらすさまざまな弊害を次第に認識するようになっています。そのため私たちは電子機器を置き、長編の本を読んだり、対面の集まりに参加したりして、再び現実世界へ戻ろうとしています。インターネットという未知の領域を探検しましたが、どこか不安を抱えて戻ってきたのです。

それならば、なぜ成長途上にある子どもたちは、私たち自身が必死に距離を置こうとしているそのスクリーンと向き合わされているのでしょうか。

ホームスクーリング(家庭教育)の旅を始めたとき、この現実世界の中にこれほど多くの発見が待っているとは想像もしていませんでした。私は当初、自分が慣れ親しんだ暗記中心の教育を行うつもりでした。しかし実際に目の前に現れたのは、驚くほど豊かな学びの世界だったのです。

そして私たちは、その恵みを受け取ることになりました。

毎朝、ゆっくりと食卓へ向かいます。しかしその日の学びは、テーブルの上の食事だけにとどまりません。私たちは台所で分数を学び、裏庭でアリの群れをじっくり観察しました。そこにこそ学びの豊かさがありました。それは、指先でたどるゴールドラッシュの物語の中にもありましたし、足元に広がる地元のゴーストタウンの土埃の中にもありました。また、ガソリンスタンドで需給関係を考察する中にもあり、食料品店でリンゴを数えながら、数を飛ばして数える練習をする中にもありました。

その気になれば、スクリーンの外の世界は実に多くのことを教えてくれます。そこには大地を照らし生命を育む太陽があります。海岸の向こうに広がる世界を感じさせる波があります。美しくさえずる鳥たちがいます。数を増やしながら生きる渡り蝶、オオカバマダラ(モナーク・バタフライ)がいます。そして、あらゆる生命を支える木々があります。

神の設計図は、至るところに刻まれています。しかし私たちは子どもたちを、その代わりにスクリーンの青い光の前へ座らせているのです。

ホームスクーリングは私に多くの学びを与えてくれました。しかし、その中でも最も大切な教訓は、おそらくこれです。私たちは電子機器にあまりにも多くの注意を向け過ぎているため、本来利用できる貴重な学習資源を見逃しているのです。

現在、スクリーンを通じた授業や試験はますます増えています。しかしそれは、私たちが日々自由に触れることのできる豊かな教育資源とはまったく別物です。スクリーンは私たちが現実の生活と結びつく機会を減らし、注意力を分散させます。そして周囲に広がる豊かな世界を、試験に合格するために暗記しなければならない二次元の教室へと縮小してしまうのです。

だからこそ、夏休みが近づく今、私は子どもたちののんびりとした夏の日々が、クロームブックをしばらく「休眠」させてくれることを願っています。そして同時に、私たち自身を再び生命力あふれる現実世界へ呼び戻してくれることも願っています。そこでは学びの対象に実際に触れることができ、学ぶ過程そのものが生き生きとしているのです。

デジタル画面の向こう側には、生き生きとした教室があります。それは誰にでも開かれており、自由に探究することができます。私たちは古びた本のページに受け継がれてきた物語の中にそれを見出すことができます。また、大自然の中に見出される数の法則の中にもその姿を見つけることができます。そしてまさにそこにこそ、最も深い教育が心の奥深くに根を下ろす場所があるのです。

世界の中で。まさに、ここで。オフラインで。

(翻訳編集 解問)

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
南カリフォルニアを拠点に活動するライターであり、2人の男の子を育てるホームスクーリングの母親である。信仰をテーマとした書籍を共著するほか、女性向けのデボーションとライフスタイルを発信するミニストリー「Blessed Is She」に定期的に寄稿している。子育てや家庭教育の分野を中心に、調査と自身の実体験の双方に基づいた文章を執筆している。 そのほかの著作は、個人のSubstackページ「@BritCal」(britcal.substack.com)で読むことができる。