「あの時は、あれが精いっぱいだった」

こころコラム|自分との和解

「あのとき、どうしてあんな選択をしたんだろう」

ふと思い出しては、後悔することがある。

あんなことを言わなければよかった。

もっと我慢すればよかった。

あの人を信じなければよかった。

別の道を選んでいれば、今頃は……。

過去の自分を思い出すたびに、「なんてバカだったんだろう」と責めてしまう。

でも、ちょっと待って。

今のあなたが知っていることを、あの頃のあなたは知っていただろうか。

今なら見抜ける嘘も、あの頃は信じるしかなかったかもしれない。

今なら断れることも、あの頃は嫌われるのが怖くて断れなかったかもしれない。

今なら笑って受け流せることも、あの頃は心に余裕がなくて、必死に自分を守るしかなかったかもしれない。

人は、そのとき持っている知識や経験、心の余裕、置かれた環境の中で判断する。

疲れ切っていたかもしれない。
誰にも相談できなかったかもしれない。
ほかに道があることさえ、知らなかったかもしれない。

今の自分には見える選択肢が、あの頃の自分には見えていなかった。

ただ、それだけのことかもしれない。

考えてみれば、今の自分が過去の自分より賢いのは、ある意味、当たり前だ。

だって、あれから何年も生きて、失敗して、泣いて、学んできたのだから。

それなのに、今の知恵を全部持ち出して、何も知らなかったあの頃の自分を裁くなんて、ちょっと不公平じゃないだろうか。

もちろん、間違った選択だったかもしれない。

誰かを傷つけたことも、自分を傷つけたこともあったかもしれない。

反省すべきことは反省すればいい。

必要なら謝ればいい。

次から違う選択をすればいい。

でも、反省することと、自分を責め続けることは違う。

過去の自分を何度責めても、あの日には戻れない。

それなら、もう少し優しい目で、あの頃の自分を見てあげてもいいんじゃないかな。

「あのときは、あれが精いっぱいだったんだね」

「知らなかったんだよね」

「怖かったんだよね」

「それでも、なんとかしようと頑張っていたんだよね」

そう言ってあげるだけで、心の奥でずっと小さくなっていた昔の自分が、少し安心するかもしれない。

あのときの選択が正しかったかどうか、今さら答えを出さなくてもいい。

あの頃の自分には、あの頃の事情があった。

それはそれで、いいじゃない。

失敗した自分も、未熟だった自分も、遠回りした自分も、全部ここまで生きてきた自分なのだから。

そして、今のあなたが「あのとき、こうすればよかった」と思えるのなら、それはきっと、あの頃より成長した証拠でもある。

だから、もう昔の自分をいじめるのはやめよう。

あの頃のあなたは、未来の答えを知らなかった。

それでも、そのときの自分なりに人生を選んで、今日まで歩いてきた。

あのときは、あれが精いっぱいだった。

それでいい。

もう、過去の自分を責めるのはやめて、「よく頑張ったね。お疲れさま」

そう、優しく声をかけてあげよう。

りん
2児の母。心理カウンセラー。 心の安らぎと、自分らしい生き方、人生の答えを探し求めてきた。 うつ状態を経験したことをきっかけに、 無理をしない心の整え方を大切にするようになる。 日常や育児、心の揺れや人生の問いをテーマに、 「こころコラム」を綴っている。