七夕空にミステリー

【大紀元日本7月6日】小泉八雲作の怪談に『』がある。遠江の国・無間山の僧たちが、梵鐘を造ることになった。檀家の女たちに頼んで、釣鐘の地金となる唐銅(からがね)の鏡の寄進をお願いした。鏡は姿を映すだけでなく、使用している本人の魂をも移し捕る。八雲もそのことに触れて記す。「昔のことわざにも、鏡は女の魂としてある」。それで古い青銅の鏡の裏面には、たいてい「魂」の一字が掘り込まれたのである。

寄進された鏡を鋳物師たちが溶かして一つにするとき、どうしても溶けない鏡が一面あった。無間に住む百姓の、年若き女房が奉納した鏡であった。このうわさは、村中に知れ渡った。件の鏡は女の本心から寄進されたものではなく、女の執念が固く凍り付いて溶鉱炉の燃え盛る火を拒んでいた。祖先から代々受け継ぎ亡き母の形見でもあった鏡は、百姓女の魂の思い出の一部となって、さ迷っているのだった。

やがて鏡の裏面に彫られた「松竹梅」の家宝の印から、誰のものであるかが世間に判明した。執着する心を恥じてか、あるいは屈辱に耐えかねてか自害した。そこに一通の書置きが遺された。書置きには「わたくし亡きあとはかの鏡を溶かして鐘となすこと、いとたやすかるべく候。ただし、その鐘をつき破りたる者は、わが一念により金銀財宝をさずかるべし」と認められていた。

さてほどなく梵鐘が完成すると、件の女の誓願を実現すべく群集が押し寄せ、撞木を撞いて鐘を撞き割ろうとする音が、無間山にこだまして鳴り止まなかった。寺僧たちはこの事態に耐えかね、梵鐘を山上からふもとの大沼にころがり落として事の落着を図った。この鐘はいつしか「無間の鐘」と呼ばれて、広く世に伝わる後日談伝説の基となった。「無間の鐘」になぞらえた鐘様の器を造り、これを叩き割って大金持ちになることを夢見る者が現れる。

夏の一夜、願かけて想像上の「無間の鐘」をカチ割った人の枕元に、すくっと白衣の女が立って告げる。「なんじが一心不乱の祈願のほど、まさしく聞きとどけべきものゆえに,妾(わらわ)はここに姿を現じて答うるものなり。いざ、この壺を受けられよ」

この壺の中から口元まで、いっぱいにあふれているものが何であったかを、小泉八雲は隠して明かさなかった。怪談物語が連れて行こうとする倫理を、八雲なりにまっとうしようとしたのである。七夕の夕暮れに八雲流れるミステリーを読むと、リンリ、リンリの鐘の音が今でも聞こえてくるのだった。