長野リレーを「平穏に実施」=ランナーらに要望

【大紀元日本4月8日】世界に注目される中、北京五輪聖火リレーは、せい(牲)火抗議リレーに転化した。北京五輪を通して政権維持を狙う共産中国当局が計画した世界135都市を巡回するせい火リレーが、民主ヨーロッパの各国で従来なかった最大の抗議に遭遇した。更に第5番目のパリでせい火が消された最悪な状況に至った。次のストップの米サンフランシスコも、民衆がすでに万全な抗議対策を準備しているという。

先の国々でのリレーは、いくら金を掛けて抗議の民衆に対抗する警備や防衛を増加しても、せい火が転送途中で消えたこと自体は、すでに主催する中共当局及び中共当局に五輪の開催資格を与えたIOCの失敗を意味しているだろう。

そのため、リレーが続く意味は、ある大きな精神レベルに転化した。それは、人権と自由を代表する民主主義と堕落した全体主義との戦いで、善を代表する人類の良知と、邪悪を代表する中国共産党との戦いの中、一人一人に選択を与えていることだ。

その選択は、今月26日に、日本の国民もいよいよ直面することになる。

「日本人の国民性を考えれば、パリなどのようなことは起こらないと信じる」といった人がいるようだ。それは日本の国民が抗議する行動を採らないという意味だろうか。もしその方がパリでの抗議について否定しているのであれば、日本人の国民性も否定している(正義の味方になれない)のではないかと思う。

また、長野県警が、リレー前日までに長野市内で集会などを開催する申請の情報収集にあたっているようだ。「状況に応じ、的確な警備態勢を組む」としているという。村井仁知事は7日の会見で「26日のリレーが静粛、平穏に行われることを心から期待している」と述べた。

つまり、法律で保護される抗議活動に対して、我々の政府が望ましくないと主観的な考えを持っているのだろうか。

チベット弾圧及び自国民に対する人権迫害で悪名高い中共当局が、民主の国々では歓迎されないどころか、中国国内でさえも、国民に嫌われ、ロンドン・パリの民衆の抗議に同感され、「街を通ったネズミのように皆に追い詰められている」と当局を皮肉った。中国国民さえ、中共を歓迎する国は、北朝鮮などの共産邪悪国家しかいないと分かっているのだ。

例え、日本政府が望んだように、26日のリレーは、抗議がなく、「静粛、平穏に行われた」としたら、アジア最大の民主国家である日本の国民よ、それこそ、中共当局を軽蔑する中国国民を含めて世界中の人々に笑われるのではないか。

「リレーが静粛、平穏に行われる」のでありながら、民主国家のモラルを持つ日本人が世界に軽蔑されない方法は、一つある。

それは、同日、リレーで走るランナーらだ。

パリでせい火が4回も消されたようだが、これについて、中国外交部のスポークウマンが記者会見で「火が強制的に消されたのではなく、安全を考えるため火を消したのだ」と弁解した。

つまり、中共当局が気にするのは、火が消えたかどうかではなく、誰が火を消したということだけだ。もしそれは抗議者により消されたのであれば、それは強制的に消されるので、望ましくないが、主催側が自ら消したなら、気にしないということなのだろう。

そういうわけで、26日の長野リレーで走るせい火のランナーに、待望している。走った後、火を消して、そして抗議者の列に入る。

それは、中共の顔色を伺う日本政府の機嫌を損なわずに、日本国民のイメージ及び良知を保つ唯一の方法であろう。