神韻は唯一無二、極上の舞台芸術=米国著名舞踊家

【大紀元日本1月17日】舞踊家ジェームズ・ジンマーメン氏は、34年にわたり伝統舞踊を演出してきた。また、20年間の舞踊教育歴があり、かつて学生を率いてニューヨーク、バンクーバーなどで行われた多くの舞踊コンクールに参加し、米国、カナダ、ドイツ、オーストリア、ロシア、ウクライナーなどで多くの公演を行った。ロシアの著名な舞踊家ミリー・ヴァンコンスキー氏や、ロシア古典舞踊をロサンゼルスに導入したロシア舞踊巨匠ウラディミール・ピルフォロフ氏に師事した。

ジンマーメン氏は1月14日、サンフランシスコ・シリコンバレーの主要都市クパティーノで神韻公演を鑑賞した後、「私は感極まった。舞台に飛び上って彼らと一緒に踊りたくて堪らなかった」と心境を語り、また神韻芸術の美などについて感想を詳しく述べた。

神韻は唯一無二で、極上の舞台芸術 

わたしは優秀な舞踊団の演出を多く観てきたが、神韻はその中で最も優れたものであり、唯一無二の極上の舞台芸術である。

神韻の演出を観て、私は実に驚いた。自分はこれまで中国の舞踊や音楽や文化に対してあまりにも知らなすぎた。このような文化の表現を見たこともないし、このようなバックスクリーンや楽隊、舞踊を完璧にマッチさせた優れた演出を見たこともない。これは本当に不思議な公演である。

私はきわめて感動し、立ち上がりすぐ舞台に飛び上って彼らと一緒に踊りたくて堪らなかった。

演舞者の超越的な素質

演舞者たちが披露した高難度の技は、本当に不思議である。プロ意識に徹して精進しなければ、そのような完璧さに達することはできない。

演舞者たちの踊りから、彼らの素質が超越的なものであることがわかる。ただ彼らの素質だけを見ても、それはなかなか信じられないものである。女性演舞者たちは言うまでもないが、男性演舞者たちの踊りもきわめて素晴らしくてとても優美である。

いかなる難しい技でも、彼らだからこそ、自由自在に軽快敏捷で、なおかつ天衣無縫に演じることができたのである。素質の表れでもある。

最高の境地に達した舞踊

最も優れた舞踊や最も優秀な演舞者とは何か。それは舞踊の難易度とは関係なく、それよりも天衣無縫の一体感で踊れるかどうかにかかわるものだ。軽妙自在で流暢飄逸になおかつ少しも痕跡を残さずに踊れるのなら、それこそ優れた舞踊なのだ。そうなれば、いかに簡易な舞踊であっても必ず好まれ成功するのである。しかし、神韻の舞踊は一つ二つのみならず、どれもこれもこういった最高の境地に達している。

観客に直に伝わる演舞者のエネルギー

優れた舞踊と普通の舞踊の違いは、観客が共鳴できるかどうかにある。神韻の演舞者たちは踊っている際に、身体から一種のエネルギーを放っており、直ちに観客に達しているので、彼らは舞踊家としての使命を完成したと言えるのであろう。

わたしは、清純で美麗な少女たちの扇子の踊り『迎春の喜び』や、活力溢れるチベット青年たちの『雪山の歓び歌』や、モンゴル少女たちの『箸踊り』がすきである。実はどの舞踊も優れており、一体どれがより優れているかは正直言いがたい。

神韻の舞踊教師は世界トップの巨匠

演舞者のレベルとは、必ずしもその年歴に限らず、その演舞者が優れた舞踊教師から指導を受けたことがあるか否かによるものだ。私の経験からすれば、この神韻芸術団の舞踊教師は言うまでもなく、きっと世界トップレベルの巨匠であるに違いない。わたしはかつて複数の世界でもっとも有名な舞踊家から指導を受けていた。私の目からすれば、この演舞者たちもきっと世界トップレベルの巨匠から指導を受けたに違いない。

臨場感を高める巨大バックスクリーン

あらゆる舞踊にストーリーがある。神韻のバックスクリーンはそのストーリーを包括的に表出していることから、観客は山の麓や川辺、都市の中など、如実な臨場感を持つことができる。どの舞踊も演じられる前に、英語と中国語による内容の紹介が行われるので、それらの舞踊を理解するにはきわめて役に立つものである。

これまで、ちょっとしたバックスクリーンや舞台背景、道具などをもって舞踊を解釈するなどの工夫もあったが、しかし、神韻の巨大バックスクリーンの優れた効果は本当に不思議である。これは決して簡単に作られたものではなく、多くの人が多くの努力を積み重ねて作成したはずである。

生命に関わるある壮大な物語

舞踊は一種の無声の言語であり、身体を以って生活を描き、今昔の物語を語る。しかし、神韻はそれらの次元を超えて生命に関わるある壮大なストーリーを語っている。

世界ツアーを行っている神韻芸術団は2月11日より東京公演が始まる。その後、名古屋・広島・大阪でも公演。詳しくは、日本公演公式HPまで。

(記者・馬有志、翻訳編集・小林)