顔真卿の作品の中でも傑作とされている祭姪文稿の冒頭部分(パブリックドメイン)
温故知新

書道の醍醐味は「文字をきれいに書く喜び」

毛筆で文字を書いて表現する芸術を、中国では「書法」といい、日本では「書道」と呼んでいます。

つまり日本では、茶道や香道、あるいは各種の武道などと同じく「道」の一字をつけることで、技術ばかりでなく、精神性の高さを求めて、どこまでも精進する道(みち)であることを示しています。

「道」の一字をつけて呼ぶものは、多くの場合、練習とは言わず「稽古(けいこ)」と呼びます。稽古とは、すなわち「古(いにしえ)に稽(かんがみる)こと」。つまり、伝統に対して私見や自己流を一切入れず、まずは無条件に習うことが求められるものです。書道も同じく、創作的な現代書道に進む前に、徹底した臨書で基礎を積むことが不可欠になります。

ふと考えるのですが、令和の現代、私たちはどれほど「文字を書いている」でしょうか。職場でも、個人の生活空間でも、パソコンのキーボードを打つことを「書く」といっています。年賀状の宛名までプリンターで印刷され、さらには年賀状そのものが、もはや忘れ去られるほど需要が少なくなりました。

もしかしたら令和の私たちは、手をつかって文字を書くことが全くないまま、きょう一日を終えているかもしれません。

そのような現代に、書道はどのようなかたちで、その「輝き」を保持しているのか。東京都内にある「浅草橋書道教室」で子供から大人まで幅広く指導している櫻本太志( さくらもと ふとし )氏に、話を聞きました。

「手書きをすることが少なくなった。子供たちの文字が崩れてきた。そんな世の中だからこそ、我が子を書道教室に通わせたい、と考える親御さんがいるのです」

櫻本氏によると、昭和の時代に比べれば子供の全体数が少なくなっているのは確かですが、いろいろな習い事があるなかで、割合として「書道を習う子供が減っているという感じはない」そうです。

ただ、文字を美しく書くことの大切さを教えるうえで、学校教育には限界があり「読めればいい、というところにどうしても止まってしまう。子供たちに、文字をきれいに書こうとする意識がなくなったら怖いな、と思うんですよね」。櫻本氏は、書道をとりまく現状をそのように危惧するとともに「文字を美しく、きれいに書こうとする気持ち」を忘れないことが、今の時代だからこそ大切だと言います。

 書道において、古典を学ぶことの意味も、その「美しさ」を理解する点にあるそうです。

「古典のなかにある文字の美しさを、まずは分析してみるのです。そうすると、そこに美しい理由があるんですね。そこが古典のすごいところで、それを真似して書いてみます。例えば、中国の石碑は何万もありますが、その中で特に美しいものが20、30程度選ばれてきました。それを分析すると、1つの表現が理解できていくのです」

顔真卿が曾祖父の顔勤礼の墓碑として記した『顔勤礼碑』の一部(パブリックドメイン)

櫻本氏によると、小学生まではきちんとした楷書を学び、中学生から少し表現が加わってくる。高校以上になって芸術としてのレベルへ進む、という流れだそうです。

「中国では書法、韓国では書芸と呼んでいますね。日本でこれを書道と呼ぶのは、そこに人間道があると見るからなのでしょう」

かつての平安時代、弘法大師空海)のころは中国の文化を積極的に取り入れていたため、書風も中国のものに似ていました。その後、日本では「かな文字」による和歌や和文の書道という、中国にはないジャンルが生まれます。

やがて現代にまで下ると、中国でも日本でも、アートとしての書道が主流になりました。そうした現代書道の傾向について、櫻本氏は「展覧会で映(ば)える書、目立つ書、派手な作品が主になっていったのでしょう」と言います。

そう話す櫻本氏は、自身がふだん学んでいる書について「枚数にすれば、9割が古典」で、とくに中国では唐代の顔真卿、日本では空海の書に引かれるとのこと。それらを臨書していると、まるで偉大な先人と「対話」しているようだと言います。

「古典は栄養なのです。栄養の吸収が十分であってこそ、たとえば創作する上でも、薄っぺらではない、重厚な作品が書けるのです」

美しく文字を書くことに始まり、臨書で古典の奥深さに触れ、それを十分な「栄養」として、のびやかな自己表現へと無限に広がる書道の世界。その魅力を語ってくれた櫻本太志氏は、自身の人生の道となった書道について「やっぱり楽しくて、しかたないですね」と述べます。

さらに櫻本氏は、書道を学ぶ子供たちが「書道を通じて視野を広げ、例えば書道以外の美術品や伝統的な手仕事を見た時にも、豊かな感性で味わうことができるようになってほしいです」と言います。

「休日などは、やはり臨書している時が一番楽しいですね」。書道を愛して止まない櫻本太志氏は、インタビューの最後にそう語りました。

今回取材した櫻本太志氏の「浅草橋書道教室」は、JR浅草橋駅から徒歩2分。所在地は、東京都台東区浅草橋4-20-2丸幸第一ビル3階です。

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