高き屋にのぼりてみれば煙りたつ民の竈は賑ひにけり
人の世を治めた第十七代の天子、仁徳帝と申される方は、難波高津(大阪)に都を移された。この御方は大鷦鷯(おおさざき)の御子と号(ごう)される。御弟の稚郎子(わかいらつこ)と帝位を譲り合われたこと三年に及ぶ。されど兄君がついに御位におつきになった。
もとより慈しみ深き御代の主であらせられ、万民の貧苦をお痛みになった。三年の間、民の課役をゆるされ、お召し物が破れても新たに織られなかった。その徳は天に通じ、風雨時にかなって五穀豊穣となり、土着の民や百姓らは喜びて貢(みつぎ)を奉じた。仁徳帝の御心はことのほか麗しく、高台に登られ、民家の煙の豊かな様子をご覧になった。
【江戸時代の往来物(教科書)『百姓往来』より】
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