大紀元時報
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文化・歴史

漢字の紐解き 古代中国の物語 歴史人物 古人の知恵
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2019.02.23
【子どもの教育に役立つ物語】本物の謙虚さとは

宋の粛王と沈元が使節として北方へ行き、燕山で宿をとった後、言葉使いが非常に優美な3000字ほどの唐の石碑を見つけた。沈元は記憶力が非常にたけていたので、何度も朗誦...

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2019.02.22
「百忍」をもって 一族が九代も同居 

麟徳二年(665年)の冬十月、唐高宗は泰山へ封禅の儀を行いに行く途中、寿張県(中国河南省濮陽市台前県)を通り掛かりました。寿張県には張公藝という長寿の老人が住んで...

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2019.02.21
忍をもって一歩退く
意地の悪い姑に気に入られる 古人のコツ

張晋は明の時代の人で、富貴な家の娘である劉さんを嫁に貰った。張晋の母親は、非常に専横で底意地の悪い人だったので、張家の上三人の息子の嫁はみなこれに我慢できず家を出...

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2019.02.21
一歩譲れば、世界が開がる
古人の土地争い 解決法

張庭玉は安徽省桐城出身の官吏で、平素から身を修め心の修養を重んじ、人々から敬愛を受けていた。張氏は、親孝行を重んじ、宰相であった間も、故郷に残した母親を心配してし...

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2019.02.21
酒に酔って王妃の服を引っ張った臣下の結末は

楚の荘王(そうおう、?~紀元前591年)は、ある夜、臣下たちを宴に招いた。皆、心ゆくまで酒を飲み、多くの者が酔った。宴もたけなわの頃、正殿のロウソクが風に吹き消さ...

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2019.02.21
命掛けの親孝行
鹿の皮を身につけて 山奥に入ったわけとは

剡子(ぜんし)は春秋時代の人。年老いた両親は目を患っており、治すには鹿の乳を飲まなければならなかった。そこで、剡子は鹿の皮を身にまとって深山に入り、鹿の群れに紛れ...

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2019.02.20
継母にいじめられても なお親孝行

閔損(びんそん、紀元前536年-紀元前487年)は、字を子騫(しけん)といい、春秋(周朝)魯国の人。孔子の弟子で、その徳行は顔淵と並ぶほどであった。閔子騫の母は早...

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2019.02.20
深く考えさせられる神話 信じるか否かはあなた次第

大昔、地蔵菩薩は世の中に下りて来て、その時の人々がほとんどすべて仏陀を信じないことを発見しました。それを見た菩薩は、仏陀を信じている一人だけでも見つけて、済度しよ...

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2019.02.19
虹の光を放ちながら天に返る チベット密教の「虹化」

密教修煉の中には、さまざまな不思議な生命現象がある。例えば、活佛転生の現象、人が心の中で考えていることを察知できる「他心通」の現象、マイナス40度の雪の中で裸のま...

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2019.02.19
親孝行
自分を殺そうとした父親と弟にとった行動

舜は中国古代の五帝の一人で、姓を姚、名を重華、号を虞氏といい、虞舜と称された。 舜は幼いときに母を亡くした。両目を失明した父・瞽叟(こそう)は後妻を娶り、弟・象が...

妻と一緒に台湾桃園の角板山で料理をしている蒋介石(鍾元/大紀元)
2019.02.17
蒋介石の新任シェフはなぜ辞職したのか

大企業のCEOや事業に成功した人物の多くは、贅沢な生活より質素な生活を好みます。例えば、フェイスブックの創始者マーク・ザッカバーグ(Mark Zuckerberg...

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2019.02.15
年をとって醜い人を妻にしている理由

晏子(あんし)は、春秋戦国時代の斉国の賢明な宰相であった。斉の国王・景公の愛娘が晏子に嫁ぐことを望んだことから、景公は晏子の家に出向いた。二人が酒を飲んでいるとき...

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2019.02.15
声が出ない憨山和尚

明朝の後期、後に後代の人々から「明清四大高僧」の一人と謳われた、憨山(ハン・サン)和尚という人物がいた。これは、憨山和尚が托鉢をしていたときのエピソードである。...

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2019.02.15
親孝行
母親思いの6歳の子どもがとった行動とは

東漢のころ、陸績(りくせき)という非常に博識で多才な男性がいました。呉郡呉県(現江蘇省蘇州市)出身で、天文暦学に精通し、「渾天図」を著しました。また、「易経」と「...

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2019.02.15
天が決めた 母の再婚

古代中国では、未亡人が再婚しないことをよしとする風潮がありました。夫を亡くした女性が残りの人生を独身で過ごすことは、夫への忠義と貞節を守り、徳を積むことだとみなさ...

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2019.02.15
人間を4つのタイプに分類した司馬光

北宋の政治家で、歴史家でもある司馬光(1019 - 1086)は、紀元前403年から紀元969年までの歴史を編年体で綴った『資治通鑑(しじつがん)』を編集した人物...

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2019.02.13
親孝行
米を背負いて親を養った孔子の弟子 「負米養親」

子路は、姓を仲、名を由といい、又の字を季路といった。春秋時代の魯国の人で、孔子の自慢の弟子の一人。性格は率直・勇敢で、非常に親孝行であった。

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2019.02.12
世界で一番物忘れのひどい人

昔、魯の哀公が孔子に尋ねた。「物忘れのひどい人が引っ越しをした時に、妻を置き去りにしてしまい、焦って妻を探し回ったという話を聞きましたが、世間にこのような人は本当...

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2019.02.12
夫婦の仲から知る 人の品行

周朝時代、晋国に郤缺(げきけつ)と言う人が妻と仲睦まじく暮らしていた。ある日、郤缺が農作業をしていると、妻が食事を届けに来た。彼女は弁当を両手で捧げ、恭しく彼に渡...

「蘭亭序」(らんていじょ)の一部–王羲之が書いた書道史上最も有名な書作品(ウィキペディア、パブリック・ドメイン)
2019.02.12
古代中国の知恵
人を傲慢にしない教育とは

晋王朝時代の著名な書道家である王羲之 (おう ぎし、303年-361年)には、7人の子供がいました。彼の息子たちの中で最も才能があったのが七男の王獻之(おう けん...

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2019.02.12
温故知新
推敲(すいこう)から学ぶ 一文字も大切にする精神

「おす」「たたく」――この二つの文字の組み合わせにより「推敲」という言葉が生まれました。 文章を書かれる方は日ごろよく耳にする言葉ではないでしょうか。その由来は...

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2019.02.11
なぜ「豚」は「象」に勝つことができたのか

古代から中世にかけて、戦場では馬・象・猫・犬・猿・サイなどが兵器として使われていました。しかし「豚」までもが軍事利用されていたことはご存知でしたか?

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2019.02.11
国を亡ぼす4つの要因

およそ2400年前、中国には10の国が存在した。ある日、魏恵王は他国の王たちを城に招き、贅沢な酒宴を開いた。魏恵王が盃を掲げると、その中にいた魯共公(魯国の13代...

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2019.02.10
三国志
千年にわたり誤解され続けた大義の士:曹操

「三国志」というと、人々は劉備、関羽、張飛を義の士と言い、曹操は義が無いかのように言われている。実のところ曹操も義の厚い人間の王である。最も分かりやすい例は、趙雲...

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2019.02.09
昼には召使い、夜には金持ち

昔、周国に尹と言う大金持ちがいた。彼の家には何百人もの召使いがおり、彼らは朝から晩まで働き、休みはなかった。その中の一人の年老いた召使いは、毎晩同じ夢を見ていた。...

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2019.02.09
親孝行
夏には枕を扇ぎ、冬には布団を暖め

漢の時代、江夏安陸(現在の湖北省安陸市)という所に、黃香(こうこう)という孝子がおり、9歳の時に母を亡くしました。家が貧しいことを知っており、子どもながらも苦労を...

Naoto Takai/Flickr
2019.02.08
孔子はなぜ弟子は自分より優れてると言ったのか

子夏は孔子に聞いた。「顔回は、どのような人ですか」 孔子は、「顔回は人として正直であり、この点では私より優れているのだ」と答えた。 子夏は聞いた。「子貢はどのよう...

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2019.02.07
紫禁城から知る古代中国の五行思想

万物は五行(五つの要素:金、木、水、火、土)から成り、物事には秩序がある。一見、複雑に見える物体や現象はすべて「五行」で構成されており、互いに関連しあいながら、目...

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2019.02.07
古代中国の物語
諸葛孔明の妻は本当に醜かったのか?

古代中国では、結婚式の際に花嫁が「紅蓋頭(ホンガイトゥ)」と呼ばれる大きな赤い頭巾をかぶる習慣がある。実は赤い頭巾を最初に使った女性は諸葛孔明の妻・黄月英であると...

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2019.02.05
寛容と我慢
自分を批判した人を褒める心

中国の宋の時代に、呂蒙正氏は2人の皇帝の下で、3回も宰相を歴任した。彼の度量は海のように広大であると称えられ、厚い人望の持ち主だった。呂蒙正氏と学友の温仲舒氏は、...

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