チンギス・カンーーモンゴル草原の凱歌(五)忠義の士【千古英雄伝】

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確固たる意志を持ち、智勇兼備のボオルチュ

テムジンはソルカン・シラからもらった馬を走らせながら、母親と兄弟たちの足跡を探索していき、ついに、オノン川河流付近で家族と再会できました。

当時、テムジン一家の全財産は9頭の馬しかありませんでした。ある日、テムジンが異母弟のベルグテイとともに狩猟に出かけている時、残った8頭の馬は草原の盗賊らにすべて盗まれてしまったのです。うち1頭の銀色の駿馬は特にテムジンのお気に入りでした。

このことを知ったテムジンは残りの1頭の馬に乗って1人で盗賊らの後を追いかけます。2日3晩走ったところ、馬乳を絞っている男の子に出会いました。その子によると、8頭の馬を連れた一味はここを通り、中には確かに銀色の馬がいたといいます。

この馬乳を絞っている男の子はボオルチュといい、非常に熱心で豪快な少年です。少し会話しただけで、テムジンはボオルチュの人格に惹かれました。事情を知ったボオルチュはすぐさま救いの手を差し伸べます。

2日ほど追跡した2人は力を合わせて盗賊から8頭の馬を取り返すことに成功しました。テムジンはお礼のため半分の4頭の馬を分け与えようとしましたが、ボオルチュは怒りながら、「困っている君を助けたのは、利益のためではない。うちは家財が豊富で、俺は一人息子だ。将来、全財産を受け継ぐ。見返りなどいらない」と伝えました。

ボオルチュが何も言わずにテムジンとともに盗賊を追いかけたため、何も知らないその父は息子の身に何かあったと思い、心配と悲しみの涙を流していました。しかし、ボオルチュが再び戻ってきたのを見て、悲しみの涙は喜びへと変わります。ボオルチュの父親はすぐさま1匹の子羊(子羊は肉質が非常に柔らかいため、通常の羊より値段が高い)を料理させてテムジンをもてなし、「お前たちは今後も互いを支え合い、決して見捨ててはならない」と言い聞かせました。

後に、ボオルチュはテムジンに仕え、2人は数々の功績を残しました。ケレイト部族との戦いで敵に取り囲まれ、愛馬を失ったテムジンを、ボオルチュは一歩も離れずに護衛し、何とか荒野まで逃れました。当時、大雪と暴風が吹き荒れ、方向が全く区別できない2人は野宿するしかありませんでした。ボオルチュは地面に横たわるテムジンを毛布でくるむと、自分は夜明けまで警備しました。

クイテンの戦いで、テムジンが頸部を負傷して落馬したとき、ボオルチュは助けを求めようとジェルメとともに聖地・ブルカン・カルドゥンまでテムジンを運びました。その時、突如、蒼い狼の群れが出現し、チンギス・カンの頸部に刺さっている矢を咥えるなり、勢いよく引き抜いたのです。ボオルチュが素早く傷口から毒を吸い出して手当をすると、テムジンの脈はだんだんと落ち着きました。

テムジンが貧しいときから、ボオルチュはテムジンに仕え、ともにモンゴル部族を統一し、数々の功績を収め、何度もチンギス・カンの命を救いました。チンギス・カンは、すべての民の上に立つ地位と9回過ちを犯しても罰しない特権をボオルチュに授けました。

史書に「確固たる意志を持ち、智勇兼備の武将」と称えられたボオルチュは、チンギス・カンの優秀な側近である「四駿」の一人として、いかなる場面でも常にチンギス・カンの傍に立ち、かつての「決して見捨てない」という約束を忠実に守るのです。

生死をかけた戦場で、忠実な武将が見せる毅然たる態度は、時の流れの中で消えることなく、今でも遺跡や武勇伝などによって輝きを放っています。後世の我々は史書や文献、ドラマなどを通じて、王朝の成り立ちと、多くの人物のそれぞれの波乱万丈な物語を知り、そして、様々な方法で自身の伝記を綴り、さらに子孫に残していく。これこそ人類の文化の形成ではないでしょうか。
(つづく)

(翻訳編集 天野秀)