チンギス・カンーーモンゴル草原の凱歌(八)忠義の士【千古英雄伝】

コメント

誓いを守る勇士、寛大な心を持つ帝王

毎年土地を移動して暮らしていく帝国、常に警戒しなければならない時代、一人一人の勇士の背後には大きな後ろ盾がありました。それはチンギス・カンの寛大な心と包容力でした。これらのものは一人一人の勇士を支え、彼らは思う存分に活躍していたのです。

ジルゴアダイという勇士がいました。クイテンの戦いで、彼のいた軍はキヤト・ケレイト同盟軍に対抗していましたが、歯が立たず、次々と敗退していきました。彼は奇襲を仕掛けようと、秘かに身を隠しましたが、不運にも見つかってしまい、テムジンの部下に囲まれました。

ジルゴアダイはテムジンの愛馬を射るなり、間一髪で馬を走らせ逃げていきました。

その後、食糧が尽き、窮地に陥ったジルゴアダイはテムジンの下を訪れました。若者を見るなり、テムジンは「クイテンの戦いの後、飛んできた矢に愛馬を殺された。その矢を射ったのは誰だ?」と聞きました。すると彼は「私が射った矢です」と認め、そして、「死罪なら、死んだら埋めてください。もし、赦免してくれるのなら、忠義を尽くします」と言いました。

「通常、戦いに負けた側の者は過去の事を隠したがるが、お前は素直な奴だ」とテムジンはジルゴアダイの勇気と誠実な人格を称え、自分の臣下として迎えました。

彼はテムジンの愛馬を射ったことで、「矢じりが木製である矢」を意味するジェベという名前と、百戸長の位を与えました。

使う者を疑わないチンギス・カンの言動が、ジェベを励まし、以来、彼は優秀で忠実なチンギスの将軍として名を馳せました。

ジェベはペルシア人や、グルジア人、ロシア人を負かし、ウクライナ境内のマリウポリに進軍したこともあります。

西遼のナイマンを侵攻する時は、イスラム教徒に信仰の変更を強制するナイマンの君主のやり方に対し、ジェベは「すべての人は自分の信仰を持ち、代々受け継がれてきた伝統を守る使命を持っている」と言い、イスラム教徒弾圧に不満を抱いていた市民から歓迎を受けました。

また、かつて射殺したチンギス・カンの愛馬と同じような白馬を征服地から探し出し、「我を赦免するなら、多くの軍馬を献上することを約束しました」と1000頭の白馬を献上し、かつて忠誠を誓った時の約束を果たしました。

チンギス・カンは、寛大な心で民の過去を許し、仁義を重んじる心で数々の名将の心を掴み、民の心の支えとなりました。その数々の功績と伝記は、歴史の流れに消し去られることなく、代々語り継がれていくでしょう。
 

(完)
(翻訳編集 天野秀)