喜びを司る「君主の官」――心臓の養生法

古代中国で、范進という50歳を超えた貧しい学者がいました。彼は長年にわたり苦労を重ね、科挙試験に何度も失敗していました。家は極貧で、米すら炊けない日々が続いていました。

ある日、また試験を受けた范進は奇跡的に合格し、官吏になることができました。これは彼の人生を完全に変える出来事でした。ついに成功した喜びに打ち震え、范進はその場で気を失ってしまいました。意識を取り戻したとき、喜びは狂乱に変わり、夢うつつのまま家を飛び出し、靴も履かずに「合格した!」とつぶやき続けました。厳格な義父を恐れていた范進は、義父に頬をはたかれ、衝撃で我に返りました。

清代の古典『儒林外史』(呉敬梓著)の一節は、中医学に根ざした知恵を示しています――過度な喜びは心のバランスを乱す、と。

中医学では「心」は、血液を送り出す物理的な臓器以上の意味を持ち、精神を司るものとされています。

君主の官

中医学では「心」を「君主の官」と呼びます。

心は血流と生命エネルギー(気)をコントロールし、そのバランスが肺、肝、腎、脾など他のすべての内臓に影響を与えます。心の機能が損なわれると、気と血の巡りが滞り、動悸や血管の詰まりなどの問題が起こり、体全体への十分な血と気の供給さえ妨げられます。

また「心は神を蔵す」と言われ、精神活動、感情、思考の明晰さはすべて心と結びついています。血脈が通じ、心の気が充実していると、思考は明晰で心は穏やかです。逆に心神が乱れると、不安、不眠、物忘れなどの症状が現れます。

心は精神と感情に関わりますが、五行説では特に喜びと結びついています。
 

喜びと「火」――五行が示す心のしくみ

共産主義以前の5000年にわたる中国伝統文化は、神から啓示されたものとされ、宇宙の法則と永遠の道徳価値に深く根ざしています。

五行(金・木・水・火・土)は宇宙の異なるエネルギーを表します。

五臓(心・肝・脾・肺・腎)はそれぞれ五行に対応し、感情、季節、色、味とも結びついています。

心は火に属し、感情は喜び、季節は夏、色は赤、味は苦です。

適度な喜びは心を養いますが、過度な喜びは心を傷つけます。だからこそ伝統中国文化は「中庸」を重んじるのです。

興味深いことに、五行は互いに生み出し(相生)、抑え合う(相克)関係にあります。例えば水は木を生み、木は火を生み、水は火を抑えます。

腎は五行の「水」に属する臓器であり、感情の「恐れ」と結びついています。五行の相克の考えでは、水(腎)は火(心)を抑えるため、腎は心の気と感情を調節する助けとなります。

したがって、過度な喜びが心の火を燃え上がらせると、腎の水がそれを抑えることができます。これこそ范進が喜びに狂った末、義父の平手打ち(恐れ)によって正気に戻った理由です——恐れが過剰な心火を鎮めたのです。

体はすべてが調和してバランスが取れているときに健康を保てます。この考えは、今後のシリーズでさらに明確になっていくでしょう。
 

心の健康をどう見極めるか

中医学では、心の健康は症状だけでなく、顔色や舌の状態など、外見に現れる微妙なサインでも判断します。

顔色:心の気が充実していると、顔色は血色よく輝きます。顔色がくすんだり黄色っぽくなっている場合は、心脾両虚または気血不足を示すことがあります。

舌の状態:淡紅色の舌で、苔が薄く白く湿っているのは心が健康なサインです。舌先が赤く、ひび割れや痛みがある場合は、心の機能異常を示唆する可能性があります。
 

心を養う方法

心は火に属し、夏は心を養い守るのに最適な季節とされます。

夏の暑さで体内の気が上昇し、心の火が盛んになります。バランスが取れていると喜び・活力・精神の明晰さを支えますが、熱が過剰になるとイライラ・不眠・落ち着きのなさが生じます。

感情のバランスを保つことが心を養う最良の方法のひとつです。穏やかさを養い、過度な興奮を避け、感謝や内なる平和を育むことで、心の「火」が燃えすぎるのを防げます。中医学では、感情の節制は身体の養生と同じくらい重要だとされています――台湾・慈航中医診所の李應達(リ・インダ)医師はエポックタイムズにそう語りました。

また李医師は、夏の大量発汗は体液と心の気を急速に消耗させ、疲労や胸のつかえを引き起こすと指摘しました。

李医師によると、長年用いられてきた処方のひとつが生脈飲(しょうみゃくいん)です。この処方は気を補い、体液を養い、暑さや過剰な発汗で弱った心を支えます。

自宅で簡単に作れます。

生脈飲

生脈飲は3つの主要生薬からなります:

材料

  • 薬用人参:気を補い、心を強めます。研究では、薬用人参の有効成分であるジンセノサイドが心血管機能に多大な効果をもたらすことがわかっています。具体的には血圧・血脂の調整、血管内皮細胞の保護などです。

李医師は夏場には西洋人参をおすすめしています。暑さの体質に適しており、従来の薬用人参より熱中症予防効果が高いためです。
 

  • 麦門冬(ばくもんどう):体を冷やし、落ち着かせ、体液を生成します。ラットを用いた研究では、麦門冬の抽出物が体内の内因性抗酸化能力を高めることで、心筋虚血損傷に対して顕著な保護効果を示すことが明らかになっています。
     
  • 五味子(ごみし):過剰な発汗を抑え、脱水や体液の喪失を防ぎます。

作り方

鍋に以下の材料を入れます。

  • 西洋人参……8g(党参で代用可)
  • 麦門冬……10g
  • 五味子……3g

水1Lを加えて沸騰させ、弱火で30分煮出します。これを2回繰り返し、合わせた液を2回分に分けて飲みます。

李医師によると、生脈飲は穏やかでバランスが良く、ストレス・カフェイン・睡眠不足による熱疲労を感じやすい人にも適しています。暑さや乾燥した気候での活力回復と、心を落ち着かせるのに役立ちます。

【注意】生脈飲は治療目的の処方であり、日常的に飲むお茶ではありません。特に冬場や冷え症の方が過剰に使用すると、体内のバランスを崩す可能性があります。

次のような方には生脈飲はおすすめしません。

  • 冷え症の方:手足が冷たく疲れやすい、消化が弱く下痢気味の人。処方の冷やす性質が症状を悪化させる可能性があります。
     
  • 湿痰停滞の方:体が重くむくみやすい、舌苔が厚い人。処方が体内に余分な湿気を加え、症状を悪化させる恐れがあります。
     
  • 心疾患やその他の疾患をお持ちの方、複数の薬を服用中の方:生薬と薬の相互作用の可能性があるため、必ず中医師にご相談ください。
     

心を養う食品

心は赤に対応するため、赤い食品(小豆、なつめ、トマト、さくらんぼ、さんざし、スイカなど)も心を養います。これらは気を補い、血を養う効果があります。

また、苦味も心によいとされています。ゴーヤ、蓮の実、ケール、グレープフルーツなどを特に夏に摂ると、熱を清め、過剰な火を抑え、不眠やイライラを和らげます。

心のバランスが取れていると、全身が調和して機能します。中医学では、心の養生は肝・脾・肺・腎の養生と密接に関連しています。今後のシリーズでは、各主要な臓器の健康を支え維持する具体的な方法を探っていきます。

(翻訳編集 日比野真吾)

香港を拠点とするエポックタイムズの記者で、主に統合医療を専門に扱っている。