二十四節気の「小満」:梅雨前に整えたい胃腸の養生――「虫送り」の知恵と初夏の食

小満とは――満ちきらない陽気と、湿熱が重なる時期

小満は二十四節気の第8番目にあたる節気で、夏の勢いが本格的に強まっていく頃です。古人は「物、ここに至りて小しく盈満す」と言いました。これは、この時季になると天地の万物が少しずつ満ちてくるものの、まだ最盛には達していない、という意味です。小満は「大満」ではなく、熟しきらない、満ちきらない、その途中の状態を表しています。

麦の穂は実が入り始め、田の苗も次第に落ち着いてきます。雨が増え、陽気が高まる一方で、湿と熱の気配も立ち上がってきます。そのため小満は、古人にとって単なる農作業の目安にとどまらず、人が自然の季節のサイクル(陰陽の変化)に歩調を合わせて暮らすための知恵でもありました。
 

走り梅雨の頃――気の巡りを乱さないために

五月下旬に入ると、日本の空気の湿り気も目に見えて増えてきます。雨の日が徐々に多くなり、この頃は「走り梅雨」と呼ばれます。

走り梅雨の雨は、田植えを終えたばかりの苗にとって欠かせない滋養となる(Shutterstock)

走り梅雨は本格的な梅雨の前触れであると同時に、田んぼを潤す「恵みの雨」とも見なされてきました。この時期は多くの地域で田植えを終えたばかりで、芽吹いたばかりの苗には雨の滋養が欠かせないからです。古人は雨を単なる厄介ものとは捉えず、天地が田畑に命を与える営みとして受け止めました。感謝の気持ちを持てば、心身の気の巡りも安定しやすくなる、という考え方です。

ただ同時に、気温が上がり湿り気が増すにつれて、田んぼの虫害も増え始めます。そこで日本各地では、古くからの習わしである「虫送り」が次第に行われるようになります。
 

「虫送り」――火の祈りに込められた、胃腸を守る知恵

虫送りは、古くは「追い虫」「流し虫」とも呼ばれていました。

夜、人々はたいまつや提灯を手に列をつくり、田んぼのあぜ道をゆっくり歩きます。地域によっては太鼓や鉦を鳴らし、歌をうたいながら田のまわりを巡るところもあります。表向きは害虫を追い払うためですが、より深いところでは祓いの儀式でもあります。

たいまつの火には穢れを祓い、邪気を散らす力があると古人は考えた(Shutterstock)

昔の人は、火には穢れや邪気を散らす力があると考えました。火の光は田んぼを守るだけでなく、病や災い、不安が村から遠ざかるように願うものでもありました。儀式のあと、たいまつを川下へ流したり、村外で焼いたりする地域もありますが、これは良くないものをまとめて送り出す象徴です。

雨は万物を潤し、火は穢れを祓います。天地の変化に合わせて暮らすこの姿勢には、東洋の伝統的な養生の知恵が息づいています。

というのも、小満を過ぎると湿気が増し、人体でも脾胃(胃腸)が重だるくなり、消化吸収の働きが鈍りやすくなるからです。中医学の五行では脾胃は「土」に属し、火は土の母にあたります。そのため五行の養生観には「火は土を生む」という考えがあり、火の力が脾土を温め、消化吸収(運化)を助けるとされます。

この観点から見ると、虫送りが象徴する火は、虫を追うことや祓いだけではありません。火の気で胃腸の温める力(陽気)を支え、湿の滞りを散らし、健康を保つという、古くからの知恵とも重なっています。

とくに梅雨が近づく頃は、天地の湿が重く、人も気分が沈みやすく、気の巡りが滞りがちです。湿った田野を火の光が進む様子は、災いを祓う象徴であると同時に、湿気が増すほど体内の体を温めて動かす陽気を守ることが大切だと教えているようにも見えます。

だからこそ東洋の養生では、夏は暑くても冷たいものを取りすぎないよう繰り返し説かれてきました。陽気が傷つくと消化吸収が弱まり、かえって湿が体内に滞りやすくなるからです。

古い節俗は、農耕の儀式に見えても、その奥には天地に沿い、陰陽を調える生活の知恵が隠れています。だから昔から伝わる季節の食は、心身を落ち着かせる力を持ち、伝統の知恵がよく表れているのです。
 

湿を祓い、脾胃を傷めない――小満後の養生の基本

小満の後、最もはっきり感じられる変化は、湿気が増していくことです。体も、だるさや倦怠感、食欲低下、頭の重さ、手足の重だるさ、肌の不調、眠りの浅さなど、さまざまな悩みが出やすくなります。現代人は長時間座りがちで、夜更かしや冷房の影響も受けやすく、もともと血流やエネルギー(気血)の巡りが遅くなりがちです。そこに外の湿が重なると、体はさらに巡りにくい状態になりやすいのです。

ですから、この時季に本当に大切なのは、むやみに補うことではありません。胃腸がいつも通り消化吸収できるよう支え、体の巡りをほどよく保つことです。

生ものや冷たいものを取りすぎれば、胃腸は冷えと湿気(寒湿)にとらわれやすくなります。反対にこってりした食事が続けば、湿はさらにさばきにくくなります。むしろ、自然な香りがあり、胃腸を目覚めさせ、軽やかで消化しやすい季節の食べもののほうが、この季節に合っています。
 

初夏の旬に宿る、養生の知恵

日本の季節の食には、節気に沿った知恵が今も多く残っています。

5月に多く出回るそら豆・絹さや・新生姜・ミョウガ・青じそ・若鮎・かつおなどは、全体に重たくなりすぎません。とくに新しょうが、青じそ、ミョウガは、昔から気の巡りをのびやかにし、湿の重さを軽くして、胃腸を助ける食材として用いられてきました。

6月に入ると、梅・枝豆・新れんこん・ハモ・たこなどが旬を迎えます。

梅の季節に仕込む梅シロップや梅酒。酸味が津液を生み、食欲を助けるとされる(Shutterstock)

この頃に梅干しや梅酒、梅シロップを仕込むのは、単なる保存のためだけではありません。昔の人は、蒸し暑さと湿気が重なる季節(湿熱)に疲れやすく、口の中がさっぱりしないことを経験的に知っていました。梅の酸味は肝のはたらきを落ち着かせ、肝と脾を調え、気血の巡りを通し、体のうるおい(津液)を生みやすくして、食欲を戻す助けになると考えられてきました。また湿熱の時期は食べものが傷みやすいので、酸味が防腐に役立ち、食中毒を避ける知恵にもなります。れんこんは熱を静め、血の巡りを通し、滞った血(瘀血)をほどいて、気血の巡りの調和を助ける食材として重宝されます。

こうした季節の食は一見ふつうに見えても、天地の気候の変化にきちんと沿っているのです。
 

家庭で作れる初夏の養生レシピ2品

この季節は、やさしく温和で消化に負担が少なく、体を軽くし、気血の巡りが自然に動き出すような料理が合います。

初夏の養生料理のイメージ画像。(大紀元)

たとえば「新生姜・トマト・かつおのスープ」は、初夏の日本らしい一品です。

昆布とかつお節でだしを取り、ほのかな海の香りが立ってきたら、玉ねぎと豆腐を入れて弱火で煮ます。そこへトマトと細い新生姜を加え、仕上げに細切りのみょうがを少量のせます。

このスープはさっぱりしていますが、体を冷やしすぎません。かつおは滋養がありながら重くなく、トマトのほのかな酸味は湿熱の季節に体のうるおいを生み、食欲を助けます。新生姜は湿にとらわれた気の巡りをやわらかくほどきます。みょうがの清い辛香(鼻に抜ける香り)は、梅雨前の田野を渡る風のようで、重たい空気の中でも頭を少しすっきりさせてくれます。

とくに現代人は座りっぱなしや冷房の影響で、上半身はほてりやすく、下半身は滞りやすい状態になりがちです。こうしたスープは胃腸に負担をかけず、じんわりと汗ばむ程度に巡りを整え、梅雨前後の食欲不振や体の重だるさをやわらげる助けになります。

また、蒸し暑くて食欲が落ちるときは、「梅と枝豆の混ぜごはん」もおすすめです。

炊きたてのごはんに刻んだ梅干しを少量混ぜ、茹でたての枝豆を加えます。家庭によっては白ごまを少しふったり、青じその千切りを添えたりしてもよいでしょう。

梅は体のうるおいを生みやすくし、胃腸の食欲を呼び戻す助けになります。枝豆は初夏ののびやかな生命力を感じさせる食材で、肝と脾の調和にもつながります。色味もやわらかく、味も清々しく、重くなりすぎないため、湿が増して疲れやすい時期の主食として取り入れやすい一品です。

四季に沿う食事とは、意図的に何かを強く補うことではありません。天地が変化する時に、体を過度に滞らせず、過度に消耗させないよう整えることです。
 

人と自然が調和するとき、心身は安らぐ

古人がいう養生は、多くの場合、特別なことをするというより、四季に沿って丁寧に暮らすことでした。いつのびやかに動き、いつ静かに収めるかを知ること。雨を恵みとして受け取り、火に祓いの意味を見いだすこと。

人と自然が調和すれば、心身はおのずと安らぐ――そうした感覚こそが、季節の中で受け継がれてきた養生の本質なのかもしれません。

白玉煕
文化面担当の編集者。中国の古典的な医療や漢方に深い見識があり、『黄帝内経』や『傷寒論』、『神農本草経』などの古文書を研究している。人体は小さな宇宙であるという中国古来の理論に基づき、漢方の奥深さをわかりやすく伝えている。