古代から現代に至るまで、人々は豊かな髪を保つために、時に奇妙な治療法を試みてきました。たとえば、王家の墓で発見された古代エジプトの文献『エーベルス・パピルス』には、3000年以上前にセス女王が用いたとされる治療法が記されています。そこには「犬の足指、ナツメヤシの搾りかす、ロバのひづめ」の混合物が使われていたと記録されています。
こうした古代の治療法の有効性は現代では検証が困難ですが、ひとつ確かなことがあります。それは、「食事の選び方によって脱毛を減らすことができる」という事実です。
健康な髪を、豊かで繁った庭園だと考えてみてください。このシリーズの第2部で紹介した薬剤や注射は、苦戦している植物に施す合成肥料のようなものです。しかし、長期的な回復と健全な成長には、土壌そのものを豊かにする必要があります。それと同じように、適切な食事と栄養を通じて体を内側から整えることは、健康な髪の成長を支える最も自然で基本的な方法のひとつです。
「もっと髪が欲しいなら、新しい髪を作るために『投資』が必要です」と、国際毛髪修復外科学会のフェローであり、毛髪移植外科医、形成外科の大学院学位を持つラジェシュ・ラジプート氏はエポックタイムズに語っています。
彼はまた、「毛包細胞は体内で最も速く更新される細胞のひとつであり、絶え間ない栄養補給が必要です」と強調しました。必要な栄養が不足すると、髪の成長が止まってしまう可能性があります。
では、髪の成長に必要な栄養素とはどのようなものでしょうか?
髪の成長に必要な必須栄養素
髪の成長には、ビタミン、ミネラル、タンパク質、オメガ3が必要であり、これらが毛包の最適な機能に必要な栄養素を提供します。これらは細胞の成長をサポートし、血液循環を高め、髪に存在する主要なタンパク質であるケラチンの生成を助けます。
ビタミンB
ビタミンBは毛包細胞の増殖と代謝に重要であり、特にビタミンB7(ビオチンまたはビタミンH)が注目されています。
脱毛はビオチン欠乏の代表的な症状のひとつです。ただし、健康な人の多くは腸内細菌によってビオチンを自然に生成でき、日常の食事からも容易に摂取できるため、サプリメントは通常必要ありません。ビオチンの豊富な食品には卵、サーモン、豚肉などがあります。

とはいえ、酵素欠乏などの遺伝的要因や、栄養の吸収不良、過度なアルコール摂取、妊娠、長期的な抗生物質の使用、特定の薬、生の卵白の摂取などの後天的要因によって、体内でのビオチン生成や吸収が妨げられることがあります。研究によると、アメリカの妊婦のおよそ半数がビオチン不足にあるとされています。2016年の調査では、脱毛のある541人の女性のうち38%がビオチン不足でした。
ビオチンは多くの育毛サプリの主成分として宣伝されていますが、2018年のレビューによれば、主に小児における症例報告で効果が示されたものの、ビオチンサプリの有効性を支持する大規模な研究は存在していないと報告されています。
ビオチンの1日あたり200mgまでの摂取が毒性を持つという証拠はありませんが、過剰な摂取にはリスクがあります。ビオチンの摂り過ぎにより血液中の他の成分に影響が出る可能性があり、検査結果の信頼性が損なわれることがあります。登録栄養士のシンディ・チャン・フィリップス氏は、「こうした影響により、医師が他の疾患を正確に診断する妨げになる可能性がある」と述べ、多くの皮膚科医が医師の指導なしでのサプリ摂取を推奨していない理由を説明しています。
たとえば、過剰なビオチン摂取はトロポニンの数値に影響を与え、心疾患の診断が遅れるリスクを高める可能性があります。2018年の臨床試験では、ビオチンが市販の妊娠検査の精度にも影響することが確認されています。
ビオチンに加え、葉酸(ビタミンB9)とビタミンB12も、健康的な髪の成長に不可欠な栄養素です。
葉酸は主に濃い緑色の葉物野菜――たとえばほうれん草、アスパラガス、芽キャベツなど――に多く含まれています。
1998年以降、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、強化された穀物製品に葉酸を添加することを義務付けています。「強化」と表示された小麦粉には、葉酸やその他の必須ビタミン・ミネラルが含まれています。
大多数の人は食事から必要な葉酸量を摂取できますが、特に出産適齢期の女性は不足リスクが高いとされています。
ビタミンB12は主に動物性食品に含まれており、乳製品からのB12吸収効率は、肉に比べて約3倍高いとされます。植物性食品にはビタミンB12が自然には含まれていないため、ベジタリアンやビーガンの方は、強化食品やサプリメントを通じての補給が必要です。
ビタミンD
ビタミンDは、健康な髪にとって欠かせない重要な栄養素のひとつです。ケラチノサイト(角化細胞)の成長と分化を調節し、第1部で紹介された、最も一般的な脱毛の原因であるホルモン「ジヒドロテストステロン(DHT)」による毛包への損傷から髪を保護する可能性があります。
ビタミンDの欠乏は、全体的な髪の薄毛の一因となる可能性があります。また、ビタミンDはホルモンとしての働きも持ち、体がアンドロゲンをどのように処理し反応するかにも影響を与えます。さらに、ビタミンDの低値は、円形脱毛症や乾癬を含むいくつかの自己免疫疾患との関連も報告されています。
「冬の間、多くの人がビタミンDの不足または欠乏状態にあります」と、ロンドンの毛髪移植外科医であり、ミッタル・ヘアクリニックの創設者でもあるマニシュ・ミッタル氏はエポックタイムズに語っています。寒い季節には脱毛の有無にかかわらず、ビタミンDのサプリメント摂取を検討するよう患者に勧めているとのことです。
ビタミンAとC
ビタミンAは、毛包細胞の成長と分化に必要な栄養素であり、皮脂の分泌を調整することで頭皮を保湿し、髪に自然なつやを与えるのに役立ちます。
ビタミンCは、コラーゲンの合成に重要な役割を果たします。コラーゲンは、髪の構造を形成するタンパク質「ケラチン」の生成をサポートし、健康な髪を保つために必要です。
亜鉛、セレン、鉄
毛包細胞は急速に分裂・成長するため、酵素の生成と活動に不可欠な亜鉛やセレンなどの微量元素に大きく依存しています。これらのミネラルは免疫系の健康とも深く関わっています。
亜鉛が不足すると、びまん性脱毛症の一種である「休止期脱毛症」を引き起こす可能性があり、髪が薄く、色があせて、もろくなることがあります。
研究によれば、円形脱毛症や休止期脱毛症の患者は、健康な人に比べて亜鉛の血中濃度が低い傾向にあり、男性型脱毛症の患者においても、亜鉛レベルが高い人は、5%ミノキシジルの局所使用やビタミン・ミネラル補給などの保存的治療に対して、亜鉛が不足している人よりも良い反応を示す傾向があります。

ベジタリアンは亜鉛欠乏のリスクが高く、植物性食品に含まれる亜鉛は動物性食品に比べて吸収効率が低いことが知られています。さらに、ベジタリアンの食事にはフィチン酸塩という亜鉛の吸収を阻害する成分を含む豆類や全粒穀物が多く含まれています。
動物実験では、セレン欠乏と脱毛との関連性が示されています。また、セレンが不足している乳児に対してサプリメントを投与することで、脱毛の症状が改善されたことも報告されています。成人の推奨される1日のセレン摂取量は55μgで、ブラジルナッツ1粒でこの量を満たすことができます。シーフードもセレンの優れた供給源です。
ただし、セレンを過剰に摂取すると、逆に脱毛を引き起こす恐れもあります。治療に反応しにくい脱毛症の患者では、血中セレン濃度が高くなっていたという報告もあります。
鉄もまた、髪の健康維持に不可欠なミネラルです。毛包の活動に関わる複数の遺伝子は鉄によって調整されており、鉄はまた、酸素を細胞に運ぶ役割を持つヘモグロビンの合成にも欠かせません。鉄欠乏性貧血や、鉄が関与する酵素機能の低下は、脱毛の原因となることがあります。
台湾で行われた、女性型脱毛症患者155人を対象とした後ろ向き研究では、血清フェリチン濃度が60ng/mL未満の場合、最大70%の患者が鉄欠乏であるとされました。さらに、サプリメントを摂取して髪の再成長が見られた人では、フェリチンレベルの大幅な上昇が観察されました。2021年に行われた36の研究の系統的レビューでも、女性の21%が鉄欠乏であり、非瘢痕性脱毛症を持つ女性ではフェリチン値が対照群よりも低いことが示されています。
鉄の吸収には酸性の環境が必要であり、セリアック病、低胃酸、制酸剤の使用などによって吸収障害がある人は、鉄不足のリスクが高まります。ベジタリアンも鉄が不足しやすく、植物由来の鉄(非ヘム鉄)は体内での吸収効率が低い傾向にあります。
赤身肉はヘム鉄を豊富に含み、最も吸収効率の良い鉄の供給源です。シンディ・チャン・フィリップス氏は、紅茶に含まれるシュウ酸塩などの成分が非ヘム鉄の吸収を阻害する可能性を指摘しています。したがって、ベジタリアンは食事中に紅茶やコーヒーを避けることが望ましく、一方でビタミンCは非ヘム鉄の吸収を助けます。「たとえば、ほうれん草サラダにオレンジジュースを合わせるのは良い組み合わせです」と、フィリップス氏は述べました。
タンパク質とオメガ3
家づくりにレンガが不可欠なように、食事からのタンパク質もまた、髪の成長を含む細胞機能を維持するうえで体にとって重要な『原材料』です。タンパク質の摂取が不十分だと、髪が薄くなったり、脱毛が増える可能性があります。
脂ののった魚や亜麻仁(フラックスシード)などに含まれるオメガ3脂肪酸も、健康な毛包を支える上で大切な役割を果たします。これらの必須脂肪酸は、体内の炎症を抑え、頭皮の健康を改善し、髪の成長に適した環境を作り出します。
サプリメントの課題
Amazonで「脱毛サプリメント」と検索すると、5,000件以上の商品がリストアップされます。
しかし、サプリメントの効果を人間で証明するのは容易ではありません。動物実験とは異なり、人間の臨床試験では食事や生活習慣などの影響を完全にコントロールするのが難しく、結果にばらつきが生じやすいためです。多くの研究では明確な結論が得られず、結果が一貫しないケースもあります。さらに、試験がサプリメントメーカーや開発企業によって資金提供されている場合、バイアスが入り込むリスクもあります。
「残念ながら、市場には多くの脱毛用サプリがありますが、効果を裏付ける十分な証拠はほとんどありません」と、シンディ・チャン・フィリップス氏は述べています。彼女はまた、栄養補助食品が米国食品医薬品局(FDA)の厳格な規制を受けていないことにも触れています。
サプリメントを選ぶ際には、信頼できる機関によって独立検証されたブランドを選ぶことが推奨されます。たとえば、米国薬局方(USP)、NSFインターナショナル、ConsumerLabなどによるテスト済みの製品です。ただし、これらの認証は主に「成分の正確性」や「製品の安全性」に重点を置いており、髪の成長への効果を証明するものではないと彼女は補足しています。
フィリップス氏は、栄養素について「多ければ多いほど良いわけではない」と警告します。自分の栄養状態を理解せずにサプリメントを摂取することは、逆効果や健康被害を招く可能性があります。
例えば、ビタミンDの欠乏がないにもかかわらずサプリメントを摂取し続けた場合、体内のカルシウムが過剰に蓄積し、かえって脱毛を悪化させるおそれがあると彼女は述べています。
ビタミンDだけでなく、セレン、ビタミンA、ビタミンEなどの過剰摂取も脱毛の原因になる可能性があると研究では報告されています。
2011年に報告された急性セレン中毒の事例では、ある液体サプリに表示の200倍ものセレンが含まれており、10州で201人が中毒症状を起こし、そのうち70%が脱毛を経験しました。
フィリップス氏は、ビタミンやミネラルを効率よく摂取するには、バランスの取れた食事が最も効果的だと語ります。目安としては、1食あたり2~3オンス(約60~90g)のタンパク質と、1~2カップの野菜や果物を取り入れることで、髪と全身の健康をサポートできるといいます。
ミッタル氏も同意見で、「これらすべては、バランスの取れた良質な食事から自然に得ることができます」と述べています。
食事の役割
地中海式ダイエットを実践することは、男性型脱毛症のリスク低減と関連しており、その利点は新鮮なハーブや野菜が豊富に含まれていることに起因しています。この食事法には、強力な抗酸化作用で知られるポリフェノールを多く含む果物も含まれています。
「地中海式ダイエットは、抗炎症作用・抗酸化作用に優れた食事法であり、髪の成長にとっても有益です」と、シンディ・チャン・フィリップス氏は述べています。

9,647人を対象としたコホート研究(うち7,348人がアンドロゲン性脱毛症)では、抗酸化物質が豊富な食事は脱毛を防ぐ可能性がある一方で、炎症を促進する食事は脱毛リスクを高めることが示されました。特に、アンドロゲン性脱毛症のリスクが遺伝的に高い女性においてこの傾向が顕著で、これは炎症を引き起こす食事とメタボリックシンドロームとの関連が影響している可能性があります。
超加工食品と砂糖入り食品
超加工食品を多く含む食生活は、血液中および頭皮の炎症増加と関連しています。これらの食品は通常、カロリーが高く、過食を誘発する添加物が含まれており、脱毛のリスク因子として知られる肥満に寄与します。
また、砂糖を多く含む加工食品も脱毛の間接的な原因となりえます。砂糖は過剰な皮脂分泌を促進し、頭皮の油分バランスを崩して微生物の異常増殖を招き、それが刺激や炎症を引き起こす原因となります。さらに、砂糖の多い食事は、脱毛を加速させる特定の生化学的経路を活性化させる可能性も指摘されています。
1,000人以上の参加者を対象とした2023年の研究では、砂糖入り飲料の摂取と若年男性の男性型脱毛症リスクの上昇との間に有意な関連があることが明らかにされました。
極端なカロリー制限ダイエットもまた、脱毛リスクの増加と関連しています。
「太っていない健康な人であっても、減量のためのダイエットによって脱毛を経験することがあります」と、ラジェシュ・ラジプート氏は述べています。彼はまた、極端な低脂肪食、炭水化物を完全に除く食事、ケトジェニックダイエットなどは、髪の健康に悪影響を与える可能性があると指摘しました。
髪の成長の鍵
髪は代謝的に非常に活発な組織であり、再生・代謝・細胞の更新を支える栄養素――タンパク質、Bビタミン、ビタミンD、ミネラルなど――が、健康的な髪の成長を維持するために不可欠です。
バランスの取れた食事は、これらの必須栄養素を摂取する最もシンプルで効果的な方法です。
フィリップス氏は、「パッケージ食品や高度に加工された食品ではなく、自然に近い『未加工の全体食品』に焦点を当てることが、必要な栄養素を効率よく摂取しつつ、過剰摂取のリスクを避ける最良の方法です」と述べています。地中海式ダイエットは、こうしたバランスの取れた食事パターンの代表的な例として広く認知されています。
多くの人が慢性的なストレスによる炎症を抱えており、脱毛や体重増加といった症状が出て初めてその影響に気づくケースも少なくありません。「今では、こうした状態が非常に一般的になっています」とフィリップス氏は語ります。
健康的でバランスの取れた食事を、定期的な運動や十分な睡眠と組み合わせることで、ストレスの影響を緩和し、回復力を高めることができます。
フィリップス氏によれば、理想的な1食には、約60〜90gのタンパク質、少なくとも1カップの野菜、半カップの全粒穀物が含まれます。全粒穀物は食物繊維が豊富で、炎症を抑える効果が期待できます。フィリップス氏はまた、毎日色とりどりの野菜を摂ること、1食に複数の種類の野菜を組み合わせることを推奨しています。さらに、1週間のうちに3種類以上の異なるタンパク質源をローテーションすることも有益です。たとえば、月曜日に魚、火曜日に鶏肉、金曜日に牛肉、という具合です。
サプリメントは、必要な栄養素を食事だけで補いきれない人や、特定の栄養素が不足している場合に役立ちます。
ただし、ラジェシュ・ラジプート氏は、すべてのサプリメントを毎日一度に摂取することは避けるべきと提案しています。それはあたかも、建設現場にあらゆる種類の作業員を一度に連れてきて、混乱を招くようなものです。代わりに、彼は相乗効果のあるサプリメントをグループ化して摂取する方法をすすめています。たとえば、葉酸と鉄、Bビタミンとタンパク質などを組み合わせ、週の異なる日に分けて摂取することで、吸収率と効果を高める可能性があると述べています。
(翻訳編集 日比野真吾)
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