更年期のエストロゲン喪失は、女性の脳をアルツハイマー病により脆弱にするかもしれません。

なぜ更年期がアルツハイマー病リスクの転換点になるのか

生殖における役割で最もよく知られているこのホルモンは、医学の謎の一つを解き明かす手がかりにもなるかもしれません。なぜ女性は、男性よりもはるかに高いアルツハイマー病のリスクに直面するのか、という謎です。

研究者たちは、更年期にエストロゲンが低下することが、年齢や遺伝、その他の要因と並んで、女性のアルツハイマー病リスクの高さにつながっているのかどうかを調べています。

エストロゲンは、生殖システムを調節するだけにとどまりません。脳にも働きかけ、ニューロンがブドウ糖をエネルギーに変えるのを助け、記憶や気分を支え、炎症や細胞のストレスから体を守っています。更年期にエストロゲンの量が減ると、こうした守りの働きも薄れてしまいます。
 

更年期に脳で起きていること

更年期は、ある日突然訪れるものではありません。そこに至るまでの移行期、いわゆる「周閉経期」は、卵巣が少しずつエストロゲンの分泌量を減らしていく時期です。そして更年期は、最後の月経から12カ月が経過した時点で、正式に始まったとされます。

この移行期のあいだ、ホルモンの量は一定のペースで減っていくわけではありません。激しく上下動を繰り返し、人によっては、不快な程度から耐えがたいほどの症状を引き起こすこともあります。ブレインフォグ、体重増加、膣の乾燥、イライラ、不安、気分の浮き沈み、睡眠の問題、寝汗、ホットフラッシュなどです。

エストロゲンは、脳がエネルギー源としてブドウ糖を使う仕組みを調整する助けをしています。一部の画像研究では、更年期への移行期に脳のブドウ糖代謝に変化が見られていますが、こうした変化が、認知機能の症状やその後の脳の健康とどう関係しているのかは、まだ研究が続いている段階です。更年期にエストロゲンの量が落ち込むと、このエネルギー不足が、ブレインフォグから体温の変動まで、更年期に特徴的なさまざまな症状の根本にあると考えられています。
 

アルツハイマー病とのつながり

アリゾナ大学の脳科学イノベーションセンターでディレクターを務めるロベルタ・ブリントン氏は、アルツハイマー病と、老いていく女性の脳を専門とする第一線の神経科学者です。同氏の研究は、更年期への移行期間が、のちに女性をアルツハイマー病にかかりやすくしてしまう、脆弱な時期なのかどうかを探ってきました。

2018年に行われた脳画像の研究で、ブリントン氏の研究チームは、認知機能に問題のない女性のグループを追跡しました。内訳は、閉経前の女性15人、周閉経期の女性14人、閉経後の女性12人、そして対照群として年齢をそろえた男性18人です。その結果、分かったことは次の通りです。

  • 周閉経期および閉経後の女性では、脳がブドウ糖を使う効率が落ち始めていました。
     
  • 周閉経期および閉経後の女性は、男性と比べて、エストロゲンに依存する記憶力のテストで成績の低下が見られました。
     
  • 海馬は、閉経後の女性でより速く縮小していました。
     
  • 閉経後の女性は、男性と比べてアミロイドの沈着が増えていました。

この研究では、こうした中年期に見られる変化が、実際にアルツハイマー病につながるのかどうかまでは明らかにされていません。

アミロイドの沈着とは、神経細胞の外側に蓄積する、異常なタンパク質の断片のかたまりのことです。神経細胞どうしのつながりを傷つけ、化学的な信号のやり取りを妨げることがあります。少量であれば老化の正常な一部ともいえますが、こうした沈着が大量に見られることは、アルツハイマー病を特徴づける所見の一つです。

2021年に行われた、より大規模な追跡研究では、一つ心強い事実も加わりました。エストロゲンが減っていくにつれて、脳の構造や代謝、エネルギーの使い方は変化していくものの、その変化の多くはその後、落ち着いていき、脳の一部の領域では、閉経後にむしろ体積が回復することさえあるというのです。

「女性がアルツハイマー病になりやすい理由は、女性のほうが長生きするからではありません。むしろ、更年期という中年期の移行期のあいだに、病気そのものがより早く始まってしまう可能性があるからなのです」と、ブリントン氏はエポックタイムズに語りました。
 

脳が「使う燃料を切り替える」理由

ブリントン氏の研究は、一つの具体的な仕組みを指し示しています。エストロゲンが失われると、脳は一種の飢餓状態に陥ったかのような反応を起こし、別の燃料源に頼らざるを得なくなります。脂肪由来のケトン体や、脳自身の白質までも使ってしまうのです。白質とは、神経線維を覆い、脳細胞どうしの情報のやり取りを速くする組織です。

これは短期的には問題にならないかもしれませんが、長期的に見て良い戦略とはいえません。だからこそ、脳はこの状態に適応しようとして、別の燃料源へと切り替えてしまうのです、と同氏は述べています。

エストロゲン療法、いわゆるホルモン補充療法(HRT)は、この燃料の切り替えを防ぐ助けになる可能性があります。ただし、更年期症状が現れ始めた時期の近くで治療を始めた場合に限られる、とブリントン氏は言います。HRTとは、更年期に向かう過程で体がつくらなくなっていく自然なホルモンの代わりに、エストロゲン、そして場合によってはプロゲステロンやプロゲスチンを補う治療法です。

どのホルモンを使うかは、子宮の有無や更年期のどの段階にあるか、症状、病歴など、いくつかの要因によって決まります。

「エストロゲンは、健康を保ちます。機能、つまりエストロゲンによる働きを保つものであって、すでに進んでしまった病気を元に戻すものではありません」と、同氏は述べました。「特に適切な時期、つまり更年期症状が出ている時期に投与された場合に効果があるのであって、脳が変化してしまってから10年後、12年後、20年後に投与しても、同じようにはいきません」

だからこそ、更年期ホルモン療法がアルツハイマー病や、パーキンソン病、多発性硬化症、ALSといった病気を発症するリスクを下げることを示す、確かなエビデンスの蓄積が、この10年のあいだに積み重なってきたのです。そこには、ブリントン氏自身の研究も含まれています。

ブリントン氏は、こうした新しい研究の数々を、ホルモン療法に保護的な効果がある可能性を裏づけるものとして受け止めています。とはいえ、ホルモン療法と認知症に関する研究結果は一致しておらず、臨床のガイドラインでも、認知症の予防だけを目的としたホルモン療法は推奨されていません。アルツハイマー病以外の神経変性疾患への効果についても、まだはっきりしたことは分かっていません。
 

高齢の女性にも見られる、エストロゲンの保護効果

ホルモン療法の恩恵は、早い時期から始めた女性に限られるわけではないかもしれません。最近行われたある観察研究では、エストロゲン単独のホルモン療法を使っていた人は、臨床的に認知症と診断される可能性が39%低く、解剖で確認されるアルツハイマー病に関連する病理所見が多く見られる可能性も35%低いことが分かりました。ただし、この結果は、ホルモン療法がこれらの転帰を実際に防いだことを示すものではありません。

この研究では、規模の大きい、独立した二つのデータセットが使われました。一つは、生きている患者から採取した血液と脳脊髄液のサンプル、もう一つは、解剖によって得られた脳組織です。

「今のところ、生きている人の脳を直接サンプルとして調べる方法はありません。侵襲性が高すぎるからです。その点、死後に行う評価は、脳そのものや、アルツハイマー病のいくつかの特徴を、最も近い距離から観察できる、貴重な方法なのです」と、研究の共著者で、マサチューセッツ総合病院/マクリーン病院のレジデント医師であるジェイコブ・ショー医師はエポックタイムズに語りました。この二つのデータセットを組み合わせることで、研究者たちはアルツハイマー病のバイオマーカーを、複数の角度から調べることができました。

エストロゲン単独のホルモン療法を使っていた女性は、脳の中のタウのもつれ(脳のニューロン内部に蓄積する、形の崩れたタウタンパク質の異常なかたまり)とアミロイドプラークが少なく、生きている患者の血液や脳脊髄液からも、アミロイドの蓄積が少ないことがうかがえました。いずれも、アルツハイマー病と関連のある特徴です。

「私たちは、ホルモン療法に、何らかの良い効果があるのではないかと期待していましたし、実際にそれが見つかりました。しかし、何より驚いたのは、性質の異なる二つのグループで、よく似た結果が得られたことです」と、研究著者で、スタンフォード医学部にある神経発達の転帰を理解するための脳研究ラボの主任研究者、ジェニファー・ブルーノ氏はエポックタイムズに語りました。

同氏はさらに、エストロゲン単独のホルモン療法を使っていた女性は、検査したサンプルにおいて、アルツハイマー病に関連する病理所見のレベルも低かったと付け加えました。
 

まだ分かっていないこと

更年期ホルモン療法は、一人ひとりの状態を評価したうえで、つらい更年期症状を和らげるために用いることができます。現時点では、認知症を予防することだけを目的としてこの療法を勧めることはなく、利用を考えている女性は、起こり得る利点とリスクの両方について、担当の医師とよく話し合う必要があります。

現在、エストロゲン単独のホルモン療法は、子宮内膜がんのリスクがあるため、子宮を摘出した女性にのみ処方されています。

研究者たちは、今回の結果が、エストロゲン単独のホルモン療法と、脳内の認知症マーカーとの関係をより深く理解する助けになる一方で、さらなる研究が必要だとしています。特に、女性がいつホルモン療法を始めるかによって効果がどう変わるのか、そしてどのような女性が最も恩恵を受けやすいのか、といった点については、まだ疑問が残されています。

「タイミングが非常に重要だと思います。そこをきちんと突き止めることができれば、次の大きな一歩になるはずです」と、ブルーノ氏は述べました。

ショー医師は、どのような女性がホルモン療法から最も恩恵を受けられるのかを知りたい、と話しています。

「アルツハイマー病になりやすい遺伝的な要因を持つ、ハイリスクの女性なのか。それとも、家族にアルツハイマー病の人がいない、健康な女性なのか」とショー医師は問いかけます。「研究の蓄積が進むにつれて、この治療が誰にとって有益なのかを理解するための、より個別化されたアプローチが可能になっていくはずです」

 

(翻訳編集 日比野真吾)

鍼灸医師であり、過去10年にわたって複数の出版物で健康について幅広く執筆。現在は大紀元の記者として、東洋医学、栄養学、外傷、生活習慣医学を担当。