国連国際特別法廷、「クメール・ルージュ」を審判

2006年07月05日 10時22分
 【大紀元日本7月5日】国連が選出した、カンボジア人判事17人、外国人判事10人が3日、カンボジア首都・プノンペンで宣誓し職務に付き、当時の「クメール・ルージュ(カンボジア共産党)」の指導者らを起訴し公判する運びになった。選出された裁判官たちは、「クメール・ルージュ」の当時幹部らに対して取調べを行った上、集団殺戮及び反人類罪で提訴するかどうか決定するものとみられ、同公判は来年より開始される予定だという。
3日、カンボジア王宮での儀式で職務宣誓をし、クメール・ルージュの公判準備を行う外国人判事(Getty Images)



 中共の支援を受け、大量虐殺

 クメール・ルージュは、中共が手塩にかけて育て、組織し指揮した過激派共産主義組織で、その指導者・ポルポト容疑者は若い頃、中国で何度も訓練を受け、毛沢東とも何度か会見をした。

 1975年4月17日、クメール・ルージュは、首都プノンペンを占領し、都市の人々を田舎へ追い払い、強制的に重労働をさせた。また、個人財産を没収し、学校を閉鎖させ、宗教信仰を禁止した。クメール・ルージュが占領してからの4年間、カンボジアは大型屠畜場と化した。大量の処刑および気が狂ったような拷問によって、当時のカンボジア全人口の3分の1に相当する300万人を殺害した。

 クメール・ルージュ、華人20万人を殺害

 クメール・ルージュが行った大虐殺の中には、華人20数万人も含まれており、華人たちは絶滅的な打撃を受けた。多くの華人家族は、子供も虐殺から逃れることができず、少女たちは暴行されてから殺害されたという。また、華人たちが中共大使館へ救助を求めたとき、中共外交官が被害者たちに向かって「これこそが、君たちが祖国を裏切った結末だ」と恐ろしげに笑いながら言葉を吐いたという。

 未だ晴らすことができない、30年の冤罪

 1979年、南ベトナムがカンボジアを侵攻し、クメール・ルージュのテロ統治を終結させた。しかし、30年が経った現在でも、数百万人の冤罪は、未だに晴らすことができておらず、正義を主張し高揚することはできない。

 クメール・ルージュの当時最高指導者、ポルポト容疑者は1998年に死去したが、同容疑者の腹心らは、今でもカンボジアに在住しており、法の網を逃れてのうのうとしているという。

 
宣誓儀式に参加する、ニコラ・ミシェア国連法務事務次官(Getty Images)

国連は以前から、集団殺戮の法廷を創設し、クメール・ルージュの幹部らを審判する計画があったが、中共の絶え間ない妨害工作が原因で、同計画が何度も先延ばしされたという。

 クメール・ルージュの幹部らは、既に高齢で病気がちなため、幸運にして生き残った被害者とその親族たちは、公判審理が長期化することにより、容疑者たちが法律の懲罰から逃れるのではと懸念している。

 (記者・秦山)

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