チベットの光 (68) 妹の世俗的な考え

2013年10月04日 07時00分

【大紀元日本10月4日】プダがその法会でミラレパの消息を聞いて廻ると、ある人が彼はチプにいると告げた。彼女がチプに行ってみると、太陽窟でミラレパを見つけ、すぐさま彼に言い寄った。

 「お兄さん!自分のやっている方法をよく見て頂戴!何も食べず、何も着ないという教えで、全く恥ずかしい限りだわ。自分を見て!衣服はボロボロで裸同然だし、痩せ細って骸骨のよう。全身は緑色で、人から芋虫だっていわれて…実際、私は面目がなくて、穴があったら入りたいぐらいだわ」

 プダは全くいまいましいとった風情で、もってきた毛布をミラレパに手渡し、それでエプロンを作るように言うと、続けざまにまくし立てた。

 「お兄さん!仏を修めている他の人を見ていないの。バリ釈師は、豪華な座布団に座って、緞子の法衣を羽織って、お茶やお酒を飲みながら、その頭上には華麗な大傘の宝蓋があって、地上では弟子の小ラマたちが法螺貝を吹き、大衆の尊敬を大いに受けて、供養の品も数知れなくて…」

 「彼のことをみてちょうだい、彼は大衆と親友に対して本当に良いところがあるから、皆が御蔭をいただいているんだわ。私も彼が最もいい修法者だと思うわ。お兄さんにとってもっともいいことは、彼について学ぶことよ。彼の弟子になることを考えてくれれば、たとえ最も身分の低い小ラマでも、食べ物と着るものを与えられて、もっといい生活を送れるわ。そうでもなかったら、ああ、お兄さん、わたしたち兄妹の命もそう長くはないわ!」

 プダは切々とここまで訴えると、仕舞いには堪らずに大声で泣き出した。ミラレパは、妹の意識が低く、眼中には世俗的な虚栄と享楽しかなく、ただ名利だけを求めているのを見て、忍びなくなった。彼はやおら妹に切り出した。

 「妹よ、そんな考え方をするもんじゃないよ。私が食べるものもなく、着るものもないのは、私が食べられないから、着られないからだと思っているのか。おまえは間違っているよ。私がこのように勤めて苦しんで修行しているのは、今生で仏になるためなのさ。もし今生で仏になることができなければ、また続けて輪廻の苦しみを受けることになるからね」

 「私が日夜このように苦行に励むことができるのは、一つには三悪道に入り、それの苦痛を恐れていること、二つには、輪廻は私にとって、生きながら火鉢に投げ込まれることと同然だからだ。世俗の喧騒、世間の名利争奪、世間の八法(※1)は、私に言わせれば、病人が吐瀉した汚物に等しく、人が気持ち悪くなって然るべきものだよ。私にとっては、それらは両親の死体の血肉を見るようなもので、耐えられないものだ」

 「また私が無人の山中で修行しているのは、マルバ師父の訓戒を守っているからなんだよ。世間の八法を捨て、無人の山中で修行すれば、一切の世俗的な雑念と欲望を断絶し、一意専心で修行にまい進できるだろう。師父のいいつけを守ることは、自分にとっていいだけでなく、衆生を利することでもあるんだ」

 「人は世に在って、いつ死ぬかもしれない。世間の八法に悩まされ続けているより、根本的な解脱を求める方法を探すのがましではないのか」、ミラレパはまた続けた。

 「そして、おまえのバリ・ラマに弟子入りしろという話は実際おかしなことなんだ。私が苦行をしているのは、即身成仏のためだからね。もし私が世間の名声や世人の尊敬や供養を求める法師になるだけのためなら、最もまずい状況でも、決してバリ・ラマよりは悪くないよ」

 「世間の栄華と名声は、私は要らないし、またこれを避けて恐れるものだ。プダよ、おまえも世間の八法を捨てて、よく法を学ぶことさ。おまえもわたしについてきて、雪中の山嶺で修行すれば、将来功徳を成就することができて、太陽のような輝きで大地を照らすことができるだろう」

 (※1)八法…「苦」、「楽」、「貧」、「富」、「毀」、「譽」、「貴」、「賤」。修行者の心を動かす世間的な八つの要素。八風ともいう。

 (続く)
 

 (翻訳編集・武蔵)

 


 
 

 

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