歌の手帳
歌の手帳
かへりこぬ昔を今と思ひ寝の夢の枕ににほふ橘
わが君は千代に八千代に細れ石の巌となりて苔のむすまで
都だにさびしかりしを雲はれぬ吉野の奥の五月雨のころ
五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな
不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心
松嶋や鶴に身をかれほととぎす
木陰にてバスを待ちおり洛陽は生まれる前に一度来ていた
夏の夜の臥(ふ)すかとすれば時鳥(ほととぎす)鳴く一声に明くるしののめ
むかし思ふ草の庵の夜(よ)の雨に涙なそへそ山ほととぎす
吉原の太鼓聞こえて更くる夜(よ)をひとり俳句を分類すわれは
若葉して御目の雫(しずく)ぬぐはばや
多摩川にさらす手作りさらさらになにそこの児のここだかなしき
われこそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け
よそに見て帰らむ人に藤の花這いまつはれよ枝は折るとも
契りおく花とならびの岡の辺にあはれ幾世の春をすぐさむ
まだ知らぬ人もありけり東路にわれも行きてぞ住むべかりける
いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ
やどりして春の山べに寝たる夜は夢のうちにも花ぞ散りける
思ひあまりそなたの空をながむれば霞を分けて春雨ぞ降る
願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ
世の中は常にもがもな渚こぐあまの小舟の綱手かなしも
東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ
天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ
やまと歌は人の心を種として萬の言の葉とぞなれりける。