【伝統文化】君子の謙虚

2005/09/18 14:08
 【大紀元日本9月18日】宋の粛王と沈元が使節として北方へ行き、燕山で宿をとった後、言葉使いが非常に優美な3000字ほどの唐の石碑を見つけた。沈元は記憶力が非常にたけていたので、何度も朗誦を繰り返すが、傍らを歩いている粛王は気にとめないようであった。

 宿に戻った沈元は、自分の才能を顕示するため、ただちに筆を執り石碑の文章を紙に書き始めた。しかし覚えていない14箇所は全部空いていた。粛王がそれを見て、筆を執って空いていた箇所を埋めてから、5箇所ほど間違ったところを修正した。修正し終えてから、粛王はその場にいた人と別のことについて語り始め、いささかも傲慢な気色を顔に現そうとしなかった。これをみて、沈元は大変驚いて、粛王を敬服するようになった。

 「自分は他人よりも勝っていると誇示してはならない。なぜなら、他人は自分より勝っているからである。」ということわざは、全くその通りである。

 君子について、明の理学者・陳幾亭氏は次のように語った。

 「君子には二つの恥がある。一つは自分の長所を顕示すること。二つ目は自分の短所や不得意なところを覆い隠すことである。長所があるなら謙虚でなければならず、できないところは学習するように努めるべきである。また、君子には二つの悪がある。すなわち、一つは他人の長所や能力を妬むこと。二つ目は他人の短所や不得意なところを言いふらすことである。他人が何かをやり遂げたときは、自分がやり遂げたように喜ぶべきであり、他人がやり遂げなかったときは、それを自分の戒めとしなければならないのである。 何かをするときは、それを成し遂げようとする態度に着眼し、「私にはできるが、彼にはできない」という傲慢な態度を捨てなければならないのである。

 孔子もかつて「その善なる者を選びこれに従い、その善ならざるものにして、これをあらたむ」と戒めたように、他人の良い面を自分が習う手本とし、他人の良くない面を自分の戒めとして、さらに自分の良くない点を改めるべきである。

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