古代の名医 華佗

2006年03月18日 08時40分
 【大紀元日本3月18日】華佗は中国の後漢から三国時代の非凡な才能を持つ伝説的な名医である。彼は養生術を熟知しており

、不老長寿の術にも精通していたといわれている。年齢は百歳に近いのに、容貌は壮年のようであったので、時の人は仙人だと思っていた。

 「神医」と呼ばれた医術

 『三國志』に、華佗が治療した実例が数々記録されている。たとえば、陳登を診察したときには、胃の中に寄生虫がいると診断した。煎じ薬を2升作り、半分ずつ飲ませ、寄生虫を吐き出させた。華佗は3年後に再発すると言い、果たしてその通りになったが、その時、華佗や彼に代わる医者がおらず、陳登は死んでしまった。

 また、李通の妻が重病にかかると、流産した胎児が残っているためと診断した。李通は、胎児はもう降りたと言ったが、華佗は、胎児は双子で一人が残っているのが病因と診断し、果たしてその通りだった。

 優れた外科治療術

 華佗は漢方や鍼灸の治療はもちろん、外科にも非常に優れた技術を持っていた。彼は麻沸散と呼ばれる麻酔薬を使って脳や腹部の切開手術を行なっていた。

 病気が内部にあり鍼や薬でも届かないときは、まず酒で麻沸散を飲ませて麻酔して、腹や背を切開して、病根を切り取る。もし腸胃にあるときは切断して、洗滌して疾の部分を除去して縫合し、そして、神膏を塗った。四~五日で傷は治り、一ヶ月ぐらいで全快したと伝えられている。

 曹操の頭風を治す

 魏国の皇帝・曹操は頭痛もち(頭風)の病気があり、周りの医者の治療を受けてもなかなかよくならなかった。華佗の評判を聞いた曹操は、華佗を召して治療を求めた。華佗が曹操に鍼治療をすると即座に良くなった。しかし、華佗は頭痛の原因は脳の中に「風涎」(脳腫瘍)があるので、「麻沸散」を飲んで頭を開いてその「風涎」を取り出せば初めて根治できると曹操に勧めた。曹操は非常に疑い深い人で、華佗が手術を口実に自分を殺そうとしていると思った。そして、華佗を投獄してそのまま死なせた。その後、曹操も頭痛の病で亡くなった。

 華佗は透視能力があった

 現代医学のような検査設備がない時代に、華佗はどうやって内臓の病巣を見つけたのだろうか。非常に不思議なことに、実はその時代の名医たちはほとんど今に言われている超能力を持っていた。

 ちなみに、屠蘇散は華佗の処方によるものと言われている。その他に、華佗が虎、鹿、熊、猿、鳥の動作を真似て作った運動健康法の「五禽戲」は、今でも人々に愛用されている。

(大紀元・甄 立学)


関連キーワード
^