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大昔の人々は「人之初、性本善」を信じていた

進化論 人間性への破壊

 【大紀元日本12月6日】

 進化論の、人間性に対する破壊を概括すると二点にまとめられる。1、人の獣性を助長する。2、人類の観念を堕落させる。

 大昔、西洋人は人が神により作られたと信じていて、東方では、人々は「人之初、性本善」(人は本来善なり)だと信じていた。即ち、人々は皆、人間性の中で、善の一面が人を主宰し、人の獣性(魔性)は後天で汚染され、醜いものであると信じていた。このような思想の指導下で、人は魔性にコントロールされにくくなり、善良な本性の一面は優位に立っていた。

 しかし、進化論は人が動物から「進化」してきたとの結論を人に押し付け、この理論がもたらした深刻な結果を人は見落とした。人に自身の獣性を認めさせるという間違いを犯させ、人々は欲望を重視するのが人の「本性」だと思い始めた。人の道徳は、ただ自分の獣性を過度に膨張しないようにする、外在の制約になってしまった。こうなると、人の最も本質である道徳はあってもなくても良いものになり、「欲望」は人類が「進歩」できる「推進力」になったようだ。人の魔性が優位に立ち始め、人類の道徳はますます墜落していく。

 進化論の人への破壊はこれに留まらず、その「適者生存」という核心の思想は、現代人の自分の墜落した観念に根拠を探し当てさせた。

 進化論の「適者生存」の観念の中で、「生存」は生命が存在する唯一の意義になったようである。あなたが残酷な自然界の中で生きていくことさえできれば、あなたは勝者(如何なる手段を使用したのか関わらず)である。如何に美しく、如何に善良な生命も、「環境の変化に適応」できなければ、淘汰されてしまう。現代人の観念はほとんどこの思想と多少関係がある。

 現代人が最も論じたのは「競争」、及び如何にして、自分に更なる「競争力」を持たせるかということかもしれない。大人しい人は損しやすいということに気づいたら、自分を更に悪賢くさせる。絶えず変化する潮流について行くため、すべての人はめったに価値観の正確性を問いたださず、墜落しつつある価値観に屈服する。もしある人がそれに従わなかったら、他の人に「時代遅れ、石頭」だと言われる。親たちは皆、どのように自分の子供を更にこの「競争社会」に適応させられるかということを思案している…

 人はこのような観念の影響下で「合法的」な殺し合いを行い、いわゆる「競争」と「適者生存」は人類の道徳を恐ろしい事態にまで滑落させ、このような、全体の価値観が既に喪失した社会で立脚するため、人と人はお互いを傷つけあっている。恐ろしい!本当に恐ろしい!道徳基準の高い昔を振り返ったなら、人はもう、完全に人の持つべき存在状態に背いているのがわかるだろう。

(翻訳編集・李頁)


 (09/12/06 05:00)  





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