無駄なものは要らず

2006/08/23 17:51
 【大紀元日本8月23日】18世紀のフランスの有名な哲学者デニス・ディドロはある日、友人から、仕立てが緻密でしっかりとした、とても上品な赤いナイトガウンをプレゼントされた。彼は嬉しさの余り、家でガウンを身につけて雰囲気を楽しんでいた。しかし、彼は自宅の家具がガウンの格調と合わず、カーペットの作りも粗末であることに気がついた。すると、彼は古い家具を捨てて、高級ガウンに相応しい家具に入れ替えた。しかし、彼の気持ちはますます落ち着かなくなった。何故なら、彼は自分がナイトガウンに支配されたことに気づいたからだ。後に、ディドロは「古いナイトガウンと別れる時の苦痛」というタイトルでこの時の気持ちを表現した。

 上述の「ディドロ反応」は、人々にある啓発を与えた。すなわち、どうしても必要でないものは、排除すべきであるということだ。何故なら、自分があるものを受け入れてしまうと、外からの圧力および自分自身の心理的な圧力に抑圧され、さらに多くの必要でないものを受け入れ続けてしまうからだ。

 それでは、「ディドロ反応」に支配されない方法はあるのだろうか?大哲学者ソクラテスによると、次のような対処法があるという。

 ソクラテスはある日、生徒たちに街へ出かけることを勧められた。生徒たちは、街にはたくさんのものがあり、聞いて気持ちがいいもの、美しいもの、楽しいものや数え切れないほどの面白いものがあり、衣食住と交通手段、生活上なくてはならないものすべてがあるのだと口々に言った。ソクラテスは少し考えてから、生徒たちの提案を受け入れ、街へ出かけることにした。

 翌日、生徒たちは教室に入ったソクラテスを直ぐにとり囲み、街での土産話を催促した。ソクラテスは生徒たちに対して、少し時間をおいてから、「街へ出かけて、大きな収穫があった。すなわち、この世の中に私に必要でないものがたくさんあることを発見したことだ」と語った。

 そして、ソクラテスは、「我々が贅沢な生活のために忙しく走り回っている間に、幸せな生活はすでに我々から離れてしまっているのだ。幸せな生活とは、実は非常にシンプルで、例えば、もっとも良い部屋とは、必需品は何一つ欠けておらず、必要でないものは何一つ置いていない部屋なのだ。人として、満足を知ることが大切であり、仕事をするには、足りない部分を知ることが大切で、学問をするには満足を知らないことが大切なのだ」と語った。

(『思惟および智恵』より)


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