ワクチン関連 トランプ、公衆衛生の独占打破へ動く

ワクチン論争を永遠に変えるかもしれない大統領令

2026/06/08
更新: 2026/06/08

論評

トランプ米大統領は、小児ワクチンの接種スケジュールを他の先進国のベストプラクティス(最善の慣行)に合わせるための新しい大統領令に署名した。

一見すると、トランプ大統領の新しい大統領令は小児ワクチンに関するものであるかのように思える。しかし、そうではない。これは、アメリカの公衆衛生を誰が統治するのかという問題である。この大統領令は、世間から隔離された公衆衛生官僚機構から、有権者に対して責任を負う民選の公職者へと、権限を取り戻そうとする試みを示している。

トランプ大統領の小児ワクチンに関する新しい大統領令において最も興味深い点は、ワクチンについて何が書かれているかではない。これらの決定を誰が下すのかについて、何が書かれているかである。

米国小児科学会(AAP)による訴訟は、実のところ麻疹、ポリオ、B型肝炎、あるいはインフルエンザといった病気そのものを巡るものでは決してなかった。それはプロセスの問題であった。原告側は、長年確立されてきた法的および行政的な要件に準拠していない「予防接種実施に関する諮問委員会(ACIP)」のプロセスを通じて、政権が連邦政府のワクチン推奨を不適切に変更したと主張した。連邦判事はこの主張に理解を示したようで、実施を一時的に差し止めた。

新しい大統領令は、その法的な挑戦を回避するように設計されているように見える。

新しいワクチンスケジュールを直接的に課すのではなく、この大統領令は保健福祉省(HHS)の科学的評価を連邦政府の指針となるリソースとして採用し、疾病対策センター(CDC)とACIPに対し、その評価を検討した上で「法律で認められる範囲内で」推奨事項を更新するよう指示している。これは微妙だが重要な違いである。

私はかねてより、連邦諮問委員会法(FACA)が想定しているACIPのような諮問委員会の役割は、まさにその名の通り「諮問(アドバイザリー)」であると主張してきた。FACAの下では、委員会は行政機関の指導部によって特定された疑問や政策ニーズに応じて助言を提供することが意図されている。しかし、時が経つにつれて歴代の政権はその責任の多くを事実上放棄し、ACIPが単に助言を行うだけでなく、しばしば自ら政策を決定しているかのような組織へと発展することを許してしまった。

私の見解では、適切なプロセスは至ってシンプルである。行政機関の権限の下で行動するCDC局長が、対処すべき課題と考慮すべき政策目標を定義する。そしてACIPは、それに応じる形で科学的および技術的な助言を提供する。委員会は意思決定に情報を提供する存在であるべきであり、独立した政策決定の中心地として機能すべきではない。

その視点から見れば、この大統領令は、論争の焦点を単一の諮問委員会の行動から、憲法に基づく統治の根本的な原則へと戻そうとしている。すなわち、行政機関や諮問委員会は助言を行い、民選の公職者が政策を確立し、それらの決定に対して国民への責任を負うという原則である。

この違いは極めて重要である。

現政権は事実上、ワクチン政策が、密室で機能している諮問委員会、専門家協会、そして製薬業界の利害関係者による自己永続的なネットワークによって独占されるべきではないと言っている。そうではなく、有権者に責任を負う民選の公職者が政策目標を確立し、それに応じて機関を指導する権限を持つと主張しているのである。

裁判所が最終的にこれに同意するかどうかは、まだ分からない。法的な争いは続くだろう。しかし、憲法上の論拠は明確である。機関は政策を執行するために存在するのであり、独立して政策を作り出すために存在するのではない。

何十年もの間、ワクチン政策は民主的な説明責任から大方隔離されてきた。ACIPの推奨は、保険適用の要件、メディケイド(低所得者向け医療保険)の義務、小児向けワクチン(VFC)プログラムへの参加、学校での接種義務化の議論、そして医師の診療基準を自動的に誘発する。比較的少数の専門家グループが、国家の保健政策に対して絶大な影響力を行使してきた。

問題はワクチン接種そのものではない。問題は、規制する側の政府機関が特定の業界に取り込まれてしまう「業界による行政の私物化」である。

ワクチンは、これまでに開発された公衆衛生ツールの中で最も重要なものの一つである。天然痘の根絶だけでも、人類の最大の偉業の一つとして数えられる。ポリオ、麻疹、ジフテリア、破傷風、その他の疾患は、効果的なワクチンが利用可能になる前、膨大な苦痛をもたらしていた。

しかし、それらの成功を認めるからといって、その後に続くあらゆる推奨事項を盲信する必要はない。

製薬会社が経済的利益を有しており、ロビー活動、広告、ゴーストライティング、助成金や契約、医薬品マーケティング、そして(官民の)天下り構造など、多くのメカニズムを通じてシステムを金銭的に操作していることを、国民はますます理解しつつある。専門学会には組織としての利益がある。政府機関には官僚的な利益がある。大学の研究者にはキャリア上の利益がある。それらのインセンティブが存在せず、行政国家に影響を与えていないかのように振る舞うことは、ますます困難になっている。

COVID(新型コロナウイルス)の時代は、この覚醒を加速させた。

アメリカ国民は、専門家たちがその場では絶対だと主張していた宣言が、後になって覆されていくのを目撃した。異議を唱える医師たちが排除されるのを目撃した。利益相反が過小評価されるのを目撃した。子供を含む人々が、緊急使用許可(EUA)下にある治験段階の製品に対して、恣意的かつ変幻自在なワクチン接種義務を課されるのを目撃した。組織が「信頼は疑われるべきではない」と主張する一方で、推奨事項が変遷していくのを目撃した。

信頼とは、そのような形で機能するものではない。

信頼は、透明性、議論、そして説明責任を通じて勝ち取るものである。議論を抑圧することによって達成されるものではない。

その視点から見れば、この大統領令は単なるワクチン政策の争いよりも大きな何かを表している。それは、多くの大衆が「業界の利益に密着しすぎ、監視から隔離されすぎている」とみなすようになった公衆衛生官僚機構に対して、民主的な監視を再主張しようとする、より広範な取り組みの一環なのである。

批判者たちは、この大統領令を「反ワクチン」と決めつけるだろう。それは(メディアにとって)安易で見出しにしやすい表現だ。

より正確な表現をするならば、それは「反独占」である。

何十年もの間、連邦機関、製薬メーカー、医学会、大学の専門家、そして保険会社からなる一つの連合体が、ワクチン政策の対話を事実上支配してきた。代替的な見解が意味のある検討をされることは滅多になかった。接種のタイミング、順序、何度も接種することによる成分の累積(蓄積)、免責保護、インフォームド・コンセント(説明と同意)、あるいは国際比較についての疑問は、議論されるよりもむしろ却下されることが多かった。

現政権は、それらの議論を再開しようと試みている。

独立した安全性の監視を求めながら、同時にワクチンを支持することは可能である。

利益相反に疑問を呈しながら、同時にワクチンを支持することは可能である。

親にはより大きな柔軟性が与えられるべきであり、医師にはより多くの裁量権が与えられるべきだと信じながら、同時にワクチンを支持することは可能である。

公衆衛生の推奨事項を「疑ってはいけない絶対的な教え」として鵜呑みにするのではなく、常にその根拠をオープンに説明し続けるべきだと主張しながら、同時にワクチンを支持することは可能である。

それは「反ワクチン」ではない。

それこそが、科学的な説明責任があるべき姿なのだ。

今後進むべき道におけるより大きな問いは、アメリカが今後も主に中央集権的な専門家の権威に主導されるモデルに依存し続けるのか、それともインフォームド・コンセント、医師の判断、親の選択、透明性、そして公衆の信頼をより重視するモデルへと移行していくのか、という点である。

この大統領令は、その論争に決着をつけるものではない。

ただ、その論争からこれ以上逃れられないようにすることを、確実に担保するものである。

著者のSubstack「Malone News」に初出

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
ロバート・W・マローン博士は、初期のmRNAワクチン研究において先駆的な業績を残した医師であり生物化学者である。マローン博士のSubstack(サブスタック)のURLは RWMaloneMD.substack.com